予約しておいたジョン・カサヴェテスのDVDボックスが届いたものの、なかなか観る時間がない。しかし、ブックレットやパッケージを眺めるだけでも、愉しい。むしろ観てしまったら消えてしまうだろう、そんなひそやかな愉しみだ。
中原昌也や加瀬亮ら、数人のコメントが帯に載っているのだけど、なかでも映画監督の安藤尋のものがいい。「カサヴェテスの映画は、涙ではなく“泣く”ことを、狂気ではなく“狂う”ことを、怒りではなく“殴る”ことを、そして、愛ではなく“愛する”ことを映し出す」。つまり名詞ではなく述語なんだな。いいコピーだと思う。
吊されたマイクが堂々と画面に映っていても、そこにいる俳優たちがよければNGにせず採用する。隙のないフレームから生み出されるリアリティよりも、現実を生きるアクチュアリティを捉えようとしている。マイクは、ただそこにあるから映っている。映画というものは、ある意味記号であふれていて、われわれもそれを前提として観ているが、そうした見方はカサヴェテスの映画では許されない。その直接性にやられてしまうのだ。
観るのは年末になりそうだなあ。
洗濯挟みに留めて値札や革ブーツ 榮 猿丸
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