2012年7月17日火曜日

風づくし02    上野葉月


白南風や世界一周貝柱   葉月

前回と話は前後して去年の出来事である。
昔から好きだったミシェル・ルグランのMoulins De Mon Coeurという曲を好きになったきっかけが、もう三十年ほど前の小林薫が出演していたサントリーウイスキーのCMだったことを何気なく思い出した葉月さんをイメージしていただきたい。
さて次に彼が何をするか。大方の人は想像付くかもしれない。そう、YouTubeで「ルグラン」「小林薫」「サントリーCM」などの語を駆使して検索をかけるわけだ。

結局探していたCMを発見することは適わなかったのだが、Moulins De Mon Coeurの邦題が『風のささやき』であることを突き止めるに至ったのである。なんという僥倖。深夜Displayの前でほとんど躍り上がりそうになった。時はちょうど句会の度に「風使ひ」の句を作っていたころの出来事。

Moulins De Mon Coeurから『風のささやき』への飛躍!
『風のささやき』……、うーん、まるで『男子高校生の日常』の「風使ひ」ヒデノリとやっさん(文学少女)の名勝負を彷彿とさせる邦題ではないか。三十年以上前にこの邦題を思いついた訳者のセンスに舌を巻かざるを得ない。

ここまで読んできてMoulins De Mon Coeurの英語タイトルがWindmills Of Your Mindであることを知っていて、なんで私がそんなに驚き喜びに震えたのか理解に苦しむ読者もあるかもしれない。

実はこの時点で私はフランス語歌詞が英語の歌詞からの仏訳であることを知らなかった。ミッシェル・ルグラン作曲だからフランス語の歌詞の方がオリジナルだと頭から決め込んでいたのである。まさに予断。フランス語で言うpréjugésに他ならない。
あまり私を責めないでいただきたい。ルグラン作曲なんだからフランス語の歌だと思い込むのをそれほど愚かしいことでもないはずだ(力強く断言はできないのは残念だが)。

歌い出しはこうである。
Comme une pierre que l´on jette
Dans l´eau vive d´un ruisseau
Et qui laisse derrière elle
Des milliers de ronds dans l´eau

せせらぎに放り込まれ
そのあとに
いくつもの水の輪を
残す石のように

冒頭の水のイメージが強いのでMoulins De Mon Coeurは長い期間私の中では『我が心の水車小屋』だったのだ。

『我が心の水車小屋』から『風のささやき』、これはかなりの距離を持った跳躍だ。
『君の魂の風車』から『風のささやき』だったら、特に驚きはしなかっただろう。

改めて英語ヴァージョンと仏語ヴァージョンを聞き比べてみると、英語の方が少し長い。でも歌われる内容全体のモチーフはほとんど変わらない。
ほとんど変わらないのだが、仏語ヴァージョン(Moulins De Mon Coeur)の方がずっと良く感じられる。

いつもなら英語が嫌いだからかと自分自身で早々に納得してしまうところだが、どうもそういうものではない。
もとよりフランス語が美しい言語だというのはあまりアテにならないような気がする。少なくとも響きでは日本語やイタリア語の方がきれいだし。
米系企業と十年近く付き合っているけど、あいかわらずアメリカ人の英語は聞き取り難くて困っている。それにアクセントが強すぎて話しているというよりしゃっくりしているようにしか聞こえないこともある。あるいは仕事の話なのにふざけているようにしか聞こえないとか、たいていの場合、相手は大まじめで話しているのだが。あとどこの国のかなり知性的な人間でも英語で話しているとIQが20程度は低く見えるということはあるかもしれないけど、メロディーに乗って言わば歌詞として英語で歌っているときにはそういう風には見えないものだ。
ちなみに印欧語系統ではペルシャ語やヒンディ語で話しているとなんとなく知性的に見えるのはどうしてなんだろう(あれは何言っているのかさっぱり見当がつかないせいかもしれないが)。

閑話休題。

英語ヴァージョン(Windmills Of Your Mind)がオリジナルで仏語ヴァージョン(Moulins De Mon Coeur)が訳詞であるにもかかわらず、仏語ヴァージョン(Moulins De Mon Coeur)の方がずっと自然に耳になじむように感じる。

参考までにオリジナルと仏訳歌詞を掲載しておく。

英語ヴァージョン(Windmills Of Your Mind)
Alan & Marilyn Bergman

Round, like a circle in a spiral
Like a wheel within a wheel
Never ending or beginning
On an ever spinning wheel
Like a snowball down a mountain
Or a carnival balloon
Like a carousel that's turning
Running rings around the moon
Like a clock whose hands are sweeping
Past the minutes on its face
And the world is like an apple
Whirling silently in space
Like the circles that you find
In the windmills of your mind

Like a tunnel that you follow
To a tunnel of its own
Down a hollow to a cavern
Where the sun has never shone
Like a door that keeps revolving
In a half forgotten dream
Or the ripples from a pebble
Someone tosses in a stream
Like a clock whose hands are sweeping
Past the minutes on its face
And the world is like an apple
Whirling silently in space
Like the circles that you find
In the windmills of your mind

Keys that jingle in your pocket
Words that jangle in your head
Why did summer go so quickly
Was it something that I said
Lovers walk along the shore
Leave their footprints in the sand
Was the sound of distant drumming
Just the fingers of your hand
Pictures hanging in a hallway
And a fragment of the song
Half remembered names and faces
But to whom do they belong
When you knew that it was over
Were you suddenly aware
That the autumn leaves were turning
To the color of her hair

Like a circle in a spiral
Like a wheel within a wheel
Never ending or beginning
On an ever spinning wheel
As the images unwind
Like the circle that you find
In the windmills of your mind


仏語ヴァージョン(Les Moulins de Mon Coeur)
Amaury Vassili

Comme une pierre que l´on jette
Dans l´eau vive d´un ruisseau
Et qui laisse derrière elle
Des milliers de ronds dans l´eau
Comme un manège de lune
Avec ses chevaux d´étoiles
Comme un anneau de Saturne
Un ballon de carnaval
Comme le chemin de ronde
Que font sans cesse les heures
Le voyage autour du monde
D´un tournesol dans sa fleur
Tu fais tourner de ton nom
Tous les moulins de mon cœur

Comme un écheveau de laine
Entre les mains d´un enfant
Ou les mots d´une rengaine
Pris dans les harpes du vent
Comme un tourbillon de neige
Comme un vol de goélands
Sur des forêts de Norvège
Sur des moutons d´océan
Comme le chemin de ronde
Que font sans cesse les heures
Le voyage autour du monde
D´un tournesol dans sa fleur
Tu fais tourner de ton nom
Tous les moulins de mon cœur

Ce jour-là près de la source
Dieu sait ce que tu m´as dit
Mais l´été finit sa course
L´oiseau tomba de son nid
Et voila que sur le sable
Nos pas s´effacent déjà
Et je suis seul à la table
Qui résonne sous mes doigts
Comme un tambourin qui pleure
Sous les gouttes de la pluie
Comme les chansons qui meurent
Aussitôt qu´on les oublie
Et les feuilles de l´automne
Rencontre des ciels moins bleus
Et ton absence leur donne
La couleur de tes cheveux

Une pierre que l´on jette
Dans l´eau vive d´un ruisseau
Et qui laisse derrière elle
Des milliers de ronds dans l´eau
Au vent des quatre saisons
Tu fais tourner de ton nom
Tous les moulins de mon cœur


思うにComme quelquechose(何々のように) と始めて、あとから次々に修飾を重ねて行くような言い回しはフランス語では自然な流れだ。
フランス語では(おそらくラテン語系では皆そうなのだろうけど)形容詞は名詞のあとに来る。それにフランス人は日常的にde(英語のofやドイツ語のvonに相当)を頻繁に使用して語の連結を長くする傾向がある。さらに関係代名詞であとから説明を付け加える。

普通に会話していてもフランス人だと話しながら文章の着地点を探っているときが時々あるように見える。日本語だと一文の着地点を設けずに話し始めるのはかなりの冒険になってしまうが。

このMoulins De Mon Coeurの場合、「何々のように」の淀みない繰り返しが風車の回転の連想作用を強化している。

例えば、

Comme un vol de goélands
Sur des forêts de Norvège
Sur des moutons d´océan

この一節を語順になるべく忠実に日本語に移そうとすると

鴎の飛翔のように
ノルウエイの森の上の
海の白波の上の

と日本語にしては据わりの悪い、ある意味詩的な倒置になってしまうが、フランス語では会話でも日常的に可能な語順だ。

続く二行でも同様で

Comme le chemin de ronde
Que font sans cesse les heures
円環の途のように
時を休み無く刻み続けるところの

日本語だとよく考えないと時計の文字盤の比喩だということもわからない。

結局全体の大意をくみ取るようにしかも原詞の語順に即して訳すというのは大変難しいものだなと今更ながら思ったりする。

しかし乗りかかった舟。以下Les Moulins De Mon Coeurの日本語試訳を載せます。もちろん仏語歌詞の語順に忠実ではありません。あきらかな誤訳もあるかもしれないけどあんまり怒らないでください。


せせらぎに放り込まれ
そしてあとに
いくつもの水の輪を
残す石のように
星の馬で飾られた
月の回転木馬のように
土星の輪のように
カーニヴァルの風船
時を休みなく辿り続ける
円環の途のように
ひまわりの花の
世界一周
君は君の名で
いっせいに僕の心の風車を回す

子どもの両手の間の
一束の毛糸のように
または風の竪琴にからまる
聞き慣れた歌の文句
旋回する吹雪のように
ノルウエイの森の上の
海の白波の上の
鴎の飛翔のように
時を休みなく辿り続ける
円環の途のように
ひまわりの花の
世界一周
君は君の名で
いっせいに僕の心の風車を回す

あの日泉のほとりで
君が僕に言ったことを誰も知らない
だが夏はその行程を終え
鳥は巣から落ちる
そしてほら砂の上
僕たちの足跡はすでに消え去る
そして僕の指の下で音を立てるテーブルで
僕はひとりだ
雨粒の下の
泣くタンバリンのように
忘れられるやいなや
朽ちる歌のように
そして秋の葉は
青みを失った空と出会う
そして君のいない秋は
君の髪の色になる

せせらぎに放り込まれ
そしてあとに
いくつもの水の輪を
残す石
四季の風の
君は君の名で
いっせいに僕の心の風車を回す