自発的、と書いたのは、母の影響ではなく、という意味である。
母は音楽が大好きで、台所のラジカセで、あるいは居間の小さなステレオで、つねに音楽をがんがん鳴らしていた。小学校から帰宅すると、マイルス・デイビスや、クインシー・ジョーンズや、ローリング・ストーンズや、ジャパンや、ポリスやら何やらかんやらがかかっていた。ただ、ジャズ以外の曲は、たいがいラジオから録音したものだったが。
そうしたときに、ガツンと衝撃を受けることも少なくなかった。なんだこの曲は。なんだこの感覚は。よくわからんがぞわぞわするぞ。
しかし、ストレートに「この曲いいね、なんていう曲?」などと聞けるわけがない。少年は恥ずかしいのである。内心ものすごくぞわぞわしているくせに、興味のないふりをするのである。
そこで、母がいなくなったすきに、レコードプレーヤーの上でくるくる廻るラベルを一生懸命読み取ろうとする。カセットテープのケースに入っている紙に殴り書きされた曲名を必死で覚える。
そして、母がいないとき、こっそり聞くのである。
中学のとき、先生と親の面談があった。ふつうは15分なのだが、1時間近く話してきたという。びっくりして、何を話したのか問いただしたら、僕の話は正味5分くらいで終わって、あとはずっと音楽の話をしていたという。それ以来、先生から「お母さんに」とカセットテープを渡されるようになった。ジャズが多かったが、たまに僕用に、ポール・マッカートニーの新譜なんかもくれた(ぼくは中学の頃はビートルズ・フリークだったのだ)。
もちろん、母に渡す前にこっそり聴いていた。そのなかで気に入ったのが、マイルス・デイビスのライブ盤「ウィ・ウォント・マイルス」とサリナ・ジョーンズの「マイ・ラヴ」である。
とくにサリナ・ジョーンズの「マイ・ラヴ」は、夜、寝るときに蒲団の中でヘッドフォンをして、毎晩のように聴いていた。
先月入院して、消灯時間が早くて眠れないとき、ひさしぶりに「マイ・ラヴ」を聴いた。蒲団の中でこのアルバムを聴くのは、中学のとき以来である。俺、これ好きだったなあと、冷静になってしまったのは、アナログでなくCDの、妙にクリアなシャキシャキした音だったからだろうか。それとも病院の無機質でかたいベッドが、追憶を許さなかったのだろうか。
ちなみに父はまったく聴かない。父が持っていたレコードは、五月みどりと海援隊であった。
文化祭即席バンド音符にルビ 榮 猿丸
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