2009年11月20日金曜日

 ― オールドローズ? ―

 ブログで少々にしろ触れるのだから、一応見とかなくちゃ、ということで、急に思い立って上野の冷泉家展へ行ってきた。先週の木曜のことだ。母に言えば、招待券か友の会割引かなんか或る筈、と思いつつ、この十数年来何か頼むと必ず、「そんなことより、俳句なんてくだらないものさっさと止めなさい!」というお小言とセットになって返ってくるのは避けられないので、ま、いいかとあきらめて出かけた。

 急いで行ってみたくなったのは、web上で冷泉家展を検索していたら、どこかのアート系フリーライターらしき人のブログで、「最後の方にある薔薇の模様の表装がゴージャス」と書かれていたのに、ん?となったためでもある(内覧会で許可を得て撮った写真もアップされていた)。その時代に、すでにゴージャス系の薔薇が渡来していたのか、だとしたら新事実かも、と、ほんの少し、趣味で薔薇の栽培に手を出していたこともある私は興味津々になったのだ。全く本筋と関係ないところで、冷泉家には申し訳ないくらいだが。鰹節柄の千両箱を見に行くようなものか。

 その軸の前に立ってみると、確かに濃い赤に白い縁取りの花弁の花が描かれていて、かなり豪華。1826年に賜った宸翰を、1829年に表装したとある。天皇家から下賜されたお召し物などを表装に使ったとしても、この時代に、これほどの薔薇が着物の柄になるほどだったのか。『俳句の花図鑑』の薔薇の項には、「広く花木として栽培されるようになったのは、江戸時代からであり、江戸時代末期には西洋産のバラも盛んに栽培された。」とある。一概に西洋産といっても、チャイナローズの類かもしれないし、オールドローズでもギリシア・ローマ人が栽培していたガリカ系や十字軍により中東からもたらされたダマスク系もあるので、どの種類がいつごろ渡来したのかは詳しくわからない。

 表装の生地の花は、古来から日本にある原種系のノイバラやハマナスのような小さな或いは一重の花径でなく、早くから日本に入っていたコウシンバラやモッコウバラなどの色とも違うし、葉とのバランスを考えると径10センチ以上のかなり大輪の種類らしい。モダンローズと呼ばれる現在の主流の薔薇であるハイブリッドティー系が最初に作出されたのが1867年だから、それ以前で大輪のオールドローズというと、ハイブリッドパーペチュアル系のフィッシャー・フォルムズ/Fisher Holmesは1865年作出だし、他のクリムゾン系の大輪の薔薇も1860年以降に改良されて出来たものが多い。1800年代に日本から持ち出され、現在日本では存在が特定されていないターナーズ・クリムゾン・ランブラー/Turner's Crimson Ramblerは小・中輪系のはずだし、いったいこれはなんというオールドローズだろう、ロゼッタ咲きではないし、と一人で内心かなり盛り上がる。会場広しといえども、こんなことで大興奮しているのは私くらいのものだったろう。年月を経た書物の補修の展示やまっすぐに書くための枠(なるほど、やっぱりこういうのがないとみんな曲がるのだ)の実物を素早く見て、早く帰ってなんという薔薇か調べなくちゃ、とあせりつつ会場を出る。

 会場の出口にはお約束の土産物が販売されていて、急いでいながらも、素通りできずにささっとチェックしていると、展覧会の図録をめくる手がぴたりと止まる。あれ、この葉っぱもしかして、と先ほどの宸翰の軸のページだ。今降りてきた階段を駆け上がり、急いで会場内へ戻って(本当はいけないのかも)、その軸の前にもう一度立つと、やっぱり、この葉は、と合点がいった。あのですね、これ、「牡丹」。そういやこの花びらの形と花芯が露になる咲きぶり、オールドローズにも開ききるとその形状になるものがあるが、でもこの葉の形と花の大きさのバランスはどうみても牡丹だった。実物を目の前にする以前に、「ゴージャスな薔薇」との情報が入っていたので、全く疑わなかったのだ。この大きさの、牡丹のように開く薔薇は、1961年以降の交雑により生み出されたイングリッシュローズにしかないはずである(例えば、1991年作出のザ・ダークレディー/The Dark Ladyなどかなり牡丹に近い深紅の花)。頓珍漢なことで大興奮していた一日だった。傍から見れば何やってんだろこの人、という感じだったろう。それならば何という種類の牡丹か調べればいいのだが、残念ながら牡丹にはあまり興味が湧かない。

  冬薔薇のちぎり取られし名を拾ふ     青山茂根

7 件のコメント:

  1. 茂根ファンとして一言。
    薔薇に造詣が深くて感心しきりです。
    会場を行ったり来たりのご様子もおもしろく読ませていただきました。
    なかなか私は薔薇の栽培にまで手が及ばず、
    やっと今年、モッコウバラの苗を買いました。
    花は来年からかなと思っています。
    今日は上野におりましたので、ニアミスでしたね。
    帰りに桃林堂に寄りました。
    冬麗のいい一日でした。

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  2. 麻祢さま

    コメントありがとうございます。
    造詣なんて高尚なものではないので
    お恥ずかしいです。
    今回調べなおしたところもあるし。
    ほとんどアイドルオタクのノリなんですよ、
    薔薇好きって。
    「ああ、この香り!」「この色!」「花弁が~」とか
    騒いでいるだけで、ちっとも俳句にはなりません。

    モッコウバラいいですね!
    白?黄色?一重?八重?香りは?
    どれも素敵ですよね、大きく育つから
    あれが植えられるお庭があるとはうらやましいです。
    あふれ出るように咲く花を、古代の方も見ていたんですよね。

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  3. 茂根さんが牡丹に惹かれない理由は、
    やはり香りのせいではありませんか?
    私もモッコウバラは八重咲きの黄色を選んだものの、
    香りがないので、それが欠点かと思っています。
    手始めに虫がつかず、二季咲きで、
    育てやすい品種にしてみたのです。
    いつかはすばらしい香りのイングリッシュローズに、
    挑戦してみたい…夢のまた夢ですけれども。

    思えば香道も花ではなく香木?
    なにやら深い…

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  4. 八重の黄色のモッコウバラも、弱いけれど香ると本にはありますよ。来年が楽しみですね。

    あまり手のかかるのは美形でも好みでないんです、だから
    モダンローズよりオールド系やイングリッシュローズのたれたれっとした花が好きなので。確かに香りもポイント高いです。

      蟻よバラを登りつめても陽が遠い   篠原鳳作

    のバラは、おそらくモダンローズの剣弁高芯咲きでしょうね。オールドローズは、花茎が重みでしなることが多いですし、一つの茎の頂上に直立して一つ咲くよりはたくさん咲きますしね。登りつめる、という雰囲気はモダンローズの特徴かと。

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  5. 今頃ですが、誤字の訂正です。申し訳ありません。

    「1826年に賜った辰韓」
    「先ほどの辰韓」
    のところ、
    「辰韓」は、正しくは「宸翰」でした。
    失礼いたしました。    青山茂根

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  6. 初めまして。
    私も一目見るなり、薔薇の表装と思い込んだ者の
    一人です(笑)随分とモダンな軸でした。
    素朴な疑問に素通りしない青山さんは、
    さすが俳人だなぁと。記事興味深く拝読致しました。
    トラックバックは出来ませんでしょうか?

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  7. akoさま

    残念ながらbloggerにはトラックバックの機能がないのです。ご了承くださいませ。

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