2011年9月23日金曜日
― 句集『背番号』 むずむずを追いかけて ―
興梠隆氏の句集『背番号』(角川書店 平成23年)より。
土壁の中に竹ある朧かな <「Ⅰ 側転」より>
食卓は椅子に囲まれ鳥の恋
春めくやペンギン並ぶ洋書の背
花種の袋の裏の五ヶ国語
飛魚や積荷は煙草販売機 <「Ⅱ 梅雨(TO YOU)」というタイトル面白い>
海軍(ネイビー)の基地の中なる夏野かな
磨り硝子の向かうにプール洗ふ人 <「Ⅲ ガガーリン」>
岐阜提灯売り場はギター売り場の奥
駅伝を終へがじゆまるの根元まで <「Ⅳ雲の斑」>
誰も描写していなかったものを、見つけ出す才能。どれも形式としてはみ出すことはなく書かれているが、どの景も確かに現代の一齣である。とにかく面白い句はこのあとに挙げることにして、まず、正確な技巧と写生ながら新しい視点にあるものを並べてみた。景でありながらそこにかかわる人々の暮らしが見え隠れする、どこかに作者の師系である加藤楸邨翁の句を思わせる温かさが。
…何か自分の中にむずむずしているものがあるんです。普段はよくわからないが、心動かされるものに触れたりすると、思いもかけないときにそれが動き出してくれるんです。その動き出したものを自分でもつかみ取りたいものだから、追いかけていくんです。
(『加藤楸邨 俳句文庫』 春陽堂書店 平成四年 より「対談 わが俳句を語る」 加藤楸邨の発言)
引き抜けばティッシュ突立つ雲雀かな <「Ⅰ 側転」>
梅雨(TO YOU)といふ異国極東支配人 <「Ⅱ 梅雨」>
ハンモックの前にスーツで来てしまふ
乾電池のやうな柄なり秋袷 <「Ⅲ ガガーリン」>
ドーナツ齧れば穴なくなりぬ秋の風
花の都は花柄の掛布団 <「Ⅳ 雲の斑」>
「乾電池」のような柄という比喩は初めて見たようで、きつねにつままれたような、不思議な面持ちで納得してしまう。「秋の風」を、このようにあっけらかんとしたさびしさに表現した句もないだろう。しかし、どこかで芭蕉の<枯枝に烏のとまりたるや秋の暮>に通じる俳味がある。「花の掛布団」は昭和という時代を描き出し、懐かしみつつこのとぼけたおかしみ。重たくれたところのない面白い句ばかりで、もっと取り上げたい句がたくさんあるが、なるべく他の方がブログなどの句集紹介で挙げていない句を引いてみた。
白南風や地図の四隅に四人の手 <「Ⅱ 梅雨(TO YOU)>
琉金のしだり尾の夜のカモミール
透きとほる翅の集まる夜店かな <「Ⅲ ガガーリン」>
雨の日の晴れの夜のねこじやらしかな
冬眠居と号し鉛筆遺しけり <「Ⅳ 雲の斑」>
そんな中に、こうした詩的昇華ともいえる句が見つけられるのだ。透明な、静かに澄んだ詩精神が根底にあり、作者の幅、詠む領域の広さ深さを感じさせられる句集だった。
最後に先ほどの『加藤楸邨 俳句文庫』の年表に、ふと手を止める記述があったことを。今は静まり返ったその駅の名に。
大正四年(一九一五) (加藤楸邨)十歳
(父の)福島県原ノ町の駅長への転任に従い、原ノ町小学校へ転校。
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