雷鳥の砂浴びの窪あたたかし 広渡敬雄
NHK大河ドラマ「天地人」のタイトルバックは上杉景勝、直江兼続が幼少期を過ごした坂戸城、雲洞庵から近い越後三山のひとつ岩峰八海山。(清酒名でも有名だが、、、)
兼続(妻夫木聡)が見おろす魚沼平野に魚野川がきらきらと光りながら流れている。
その後11月末から始まった「坂の上の雲」は、延々と延びる稜線に一本の確かな道が続いている。
どこかなと目を凝らし、北アルプス・白馬連峰の小蓮華岳から大蓮華岳あたりの稜線かと思った。
残雪がところどころに残っており、7月上旬頃だろうか。青々とした稜線の下はまもなく楽園のようなお花畑となろう。明治維新後の近代日本の黎明期の大河ドラマらしいタイトルバックだと思った。
「雷鳥」
日本に生息するのは、ユーラシア大陸の最終氷河期(1~2万年)に取り残された世界でも最南端の種。国の天然記念物だが、20年前の3,000羽から最近は1,800羽と40%も減少している絶滅危惧種。
登山者の残飯のサルモネラ菌の感染や地球温暖化で稜線まで登ってくる狐、貂等の餌食になっているとも言われている。
2,000米から3,000米の這松帯に生息しているが、既に富士山、八ヶ岳は絶滅し、白山は70年ぶりに確認された。現在は北アルプス、乗鞍岳、御嶽山、火打山、南アルプスに生息しており、筆者は殆どの山域で目撃したことがある。
上空の鷹、地上の狐、貂という天敵から保護色(冬は純白、春から秋は褐色に羽毛が生え変わる)と這松帯が彼らを守っている。這松は強風の吹き荒れる稜線一帯に生育するため、丈は低く枝は見た目からは想像も出来ないくらいに地表を繁茂しており絶好の巣となり、雪に閉ざされる厳冬期には、強風の稜線に比較して驚くほど静かな快適環境となる。
よく稜線で親子での散歩姿、砂浴び姿を見かけるが、恋や威嚇の声は穏やかな姿から想像できないくらいの濁声でガオー、グエツと鳴き叫ぶ。
稜線を歩いていると、砂浴びの砂が飛んできて顔に当るくらいの近さでも見られる。
雷鳥の母呼ぶこゑや霧走り
「猪」
映画でも有名な旧天城トンネルを抜けたところで猟師が仕留めた猪に遭遇した。
窪地にべったりと血が溜まっており、猟師は手際よく解体していった。
まだ生きた現物に遭遇したこともなし、遭遇したくもないが、、、
「伊勢街道」の上多気(北畠氏館跡)を過ぎた峠近くを歩いていて、生け捕りにされ鉄の檻に入れられた猪に突然出遭った。
檻からも眼光鋭くこちらを伺い、突如こちらの方に体当たりをして来た。檻は大きく揺れ、大音響。檻があるものの毛は逆立っていて鬼気迫る恐ろしさで身がすくんだ。
殺生禁止の江戸時代以前から「山鯨」と称して「薬喰い」の典型的な食材とされるが、伊豆、篠山、東吉野の猪鍋は美味だった。短足なので雪深い地域にはいない。
富士山近くの紅葉の道志の山を歩いていたら、道のあちらこちらに掘り起こしたような跡があり、ぴんと来ることがあった。
ゴルフ場でやや日陰の地を掘り返えした跡は、猪が大好物の「みみず」を食べるためと聞いていたからだ。彼らには「みみず」は、人間の刺身みたいなものなのかも知れない。
その体躯からは想像出来ないほど身のこなしは軽く、1メートルくらいの柵は飛び越えるし、体当たりでも崩してしまう。
猪から作物を守るために「猪垣」を田畑の周りに張り巡らせるが、トタン、弱電流の電線のものが多い。その体躯の割には臆病なので、音のするトタン、電流の刺激は効果を発揮する。さらに柵を手前に傾くように折り曲げていると、視点が地面から低いかれらは飛び越えられないと思うらしい。
京都と同様に筍で有名な北九州市南部の合馬の筍林の周りには、ぐるっと電流柵が張り巡らされていた。筍も雑食性の猪の大好物。
猪鍋やまつかな炭の運ばるる
「羚羊」
子牛ほどの大きさだが、性格はおとなしくややとぼけた容貌と額の上の二本の角、大きな耳、頬の白毛に特長がある。
「鹿」科ではなく「牛」科の天然記念物。
険しい岩場も難なく移動。皮のみならず肉も美味で、参謀本部測量部の剣岳登攀の案内人宇治長次郎等の猟師も「羚羊撃ち」だった。
解体燻製にして「岩魚」同様町まで運んだという。
一度北アルプスの裏銀座の登山口近くで遭遇。愛嬌のあるやや物憂げな顔でこちらを窺い、登山道の真ん中で動こうともしない。騒ぐと角を向けて突進されるかと思い10分近くにらめっこしたことがある。
羚羊の攀ぢりてこぼす脚の雪
羚羊の眼に宿る深き冬
「エゾ鹿」
日本の古来からの鹿に比べるとかなり大型。最近爆発的に増え、北海道内の至る所で出遭うがこちらとの距離をはかり、こちらの状況をじっと窺い、ある距離以上近づくと尻を返して山中に逃げ去る。
草木の葉を舌で巻き込むように食べる時も視線は周りを窺っている。
その澄んだ視線を恐ろしいと実感したことがある。
北海道、日高山脈の「はるかなる秘峰」ペテガリ岳の登山口のペテガリ山荘で、夕食を終えてふと窓ガラスを見ると、10頭近くエゾ鹿が暗闇の中から眼を爛々と輝かせてこちらを窺っていた。
彼らの視力は、暗闇でも昼間同様だと言う。静まり返った小屋が一層凍えつくような恐怖を感じたものだ。
兎以上の繁殖力で爆発的に増加しており、穀物を荒らす害獣として、エゾオオカミの再導入による森林の生態系の回復も検討されており、捕獲し「鹿肉」(鹿刺、もみじ鍋、シビエ)として盛んに売り出し始めている。
母鹿の一瞥の眼の澄みにけり
「なきうさぎ」
雷鳥と同様に氷河期の生き残りで北海道のみに生息。
中央部の山地(大雪山系、日高山脈等)の露岩帯(岩の積み重なったところ)に見かけ「生きた化石」とも言われている。
キチッ、キチッ、キチッとその澄んだ声を鳥かと思い岩場に眼を向けると姿を見せ、天敵のオゴジョ、キタキツネが現われるとその岩陰に身をひるがえす。
ねずみ程度の大きさだが、上あごの前歯の裏にも歯があり、兎である。コケモモ、シラネニンジン等草木の実、茎、葉を食するが、日中は岩の陽だまりで日光浴をして熱を体内に貯め、夜の寒さに耐えるとも聞く。
その愛らしい姿を見ていると爽快な風が通りすぎていった。すぐ近くには、お花畑とまぶしい雪渓が広がり生涯忘れえない光景のひとつである。
なきうさぎ成層圏も晴れわたり
参考サイト:
「雷鳥物語」「ナキウサギ動画ページ」「kamosikakun wwwjーserow.com」
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