2009年10月21日水曜日

続・ロシア大使館

はじめて訪れた日の翌朝9時頃、私はふたたび麻布台のロシア大使館の近くにいた。

オフィスに出勤する人たちの颯爽とした足取りにまぎれて、ぶらぶらしながら、いつごろ並びはじめればよいかタイミングを見計らっていた。
どうしても先頭か二番目くらいに並びたい理由があったのだが、あまり早すぎても退屈してしまうだろうし。
妻はそのころ家でトランクに荷物を詰めていたのだろう。

9時15分くらいから一人で門の前に佇む。
忙中閑有りというが、こういうひとときはなんとなく好きだ。

受付がはじまる9時半近くになると私の後ろにすでに十人程度の人が並んでいた。
私の前には鉄の扉が閉ざされている。
この扉は時間になると自動で鍵がはずれるらしい。案内などは無い。

9時半前後に何度か扉を押してみたが、開かない。
私はなぜか、鉄の扉の下のほうについている棒状のものが動くことによって鍵が開くものだと思い込んでおり、いつまでたってもそれが微動だにしないことに業を煮やしかけていた。

ちなみにこの日予定していたスケジュールは以下のとおりである。
9時半ちょうどにビザを受け取り、タクシーで東京駅に向かう。東京駅で妻と落ち合い、10時3分発の成田エクスプレスに乗車。
成田空港駅に10時56分に到着。そして、妻を12時発の飛行機に滑り込ませる。
すこしでも手違いがあったら失敗してしまうだろう。もちろん電車の遅延などがあった場合も然り。

担当者が今日に限って扉の操作を忘れていたとしたら、誰に連絡すべきだろうか。
それにビザが本当におりているかの確証もなかった。
昨日の申請のとき、書類をきちんと確認されたかどうか……。

不安をつのらせつつ、2,3分じっと待っていたところが、列の後方から一人の中年男性がつかつかと歩いてきて、扉を押した。すると、開いた。

脱力、してる場合ではない、待たせてしまった皆さんへのお詫びもそこそこに、窓口へと向かう。
防弾ガラスの窓の向こうには、ロシア人女性が、ちょうど椅子に座ろうとしていた。
昨日受け取っていたぺらぺらとした引き換えの紙を、カウンターのくぼんだ部分へ、鉄製の蓋を開けて滑り込ませると、窓口の女性はそれを拾い上げ、あちこち探してパスポートを渡してくれた。

貼り付けられたビザに印字された名前、パスポート番号に間違いのないことを確認し、いそいそと大使館をあとにした。
タクシーに乗り込んだときには成田エクスプレスの発車まで約20分あまり。

運転手さんが訊く「ホームはどちら?」
「え?」
調べてなかった。
「成田エクスプレスなんですが。」
「ああ、地下ですね。」
地下と言われたとき京葉線のはるか遠いホームを一瞬思い浮かべたが、総武線の比較的近いホームだということがわかり、少し安堵した。

天気は快晴。皇居の周りをめぐるようにして車は進む。
東京駅の丸の内口に着いたらまだ10分ばかり余裕があった、特急券は購入済み。
足取りも軽くホームへと向かい、妻をさがしたが、いない。
電話をしたが、出ない。
これから乗る列車がホームに入ってきて連結作業をはじめている。

電話が鳴って、ホームに着いたと妻の声がした。ホームに鳴り響く発車ベルの音が電話からも響く。
なんとか列車に乗り込んだとき「トランクの鍵がない」と妻。
車両の端にあるトランク置き場で蓋を開けてさぐると、一番底にそれがあった。

やっと安心して座席に落ち着き1時間弱。車内のモニターで発着情報をチェックしたが、遅延はないようだ。

駅に到着後、急いで航空会社のカウンターへ。離陸まで1時間をきっていたので、すでに妻の名前が放送で呼び出されていた。
しかしなんとかチェックイン完了。

両替をすませた妻は、あっという間に手荷物検査場へと吸い込まれた。

きちかうに神経に火をつけむとす   中村安伸

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