2009年10月1日木曜日
― バックパッカー ―
滑走路途切れて虫の闇はじまる 青山茂根
バックパッカーはどこにでもいる、いややってくる。普通に暮らす我々が知らないだけで、東京のあちこちにも、世界中のバックパッカーに名を知られたドミトリーやゲストハウスが存在するのだという。そもそもはヒッピー文化に源流を発し、日本では私たちの世代あたり、沢木耕太郎の『深夜特急』から影響を受けて、海外へ出かけるものが格段に増えたようだ。沢木耕太郎も、金子光晴の著書に啓発されたらしいことを書いていたが、もう少し以前から、その旅行形態はあったらしい(昨年出た、同じ著者の『旅する力 ― 深夜特急ノート』をまだ読んでいない)。
バックパッカーというものを初めて認識したのは、私が幼稚園の頃だった。年の離れた従兄弟(当時大学生だったか)の一人が、友達を連れて、その頃転勤で海外にいた我が家に居候にやってきたのだ。日本よりはゆったり作られているとはいえ、都会の、ゲストルームもないアパートメントに、文字通りバックパックを抱えて二人で転がり込んできた。私たち子供が寝ていたベッドを彼ら客人に明け渡し、私たちは両親のベッドルームの床に毛布で寝床を作らされ、彼らは2週間くらい滞在していた。風呂場に洗濯した下着をおおっぴらに干す、とか(バスルームだけで八畳くらいの広さながら、トイレとバスタブが同じ空間にあるのでトイレに入るたびにその煮しめたような下着を拝観するはめになる)、まあその欧州をあちこち放浪してきた貫禄とも言える格好に母はお冠だった。でも私は、その従兄弟がなかなか男前だったせいもあって(連れてきた友人はそうでなかったが)、朝御飯を食べると深夜までほっつき歩いて帰ってこない彼らを、面白そうな人たちだなあと眺めていた。
自分が学生の頃は、ちょうどそんな人種だらけな時代(或いは環境か)だったのかもしれない。夏休みごとに中国全土を踏破しようと目論んでいた友人たちに限らず、会社勤めをしていたころも、とにかく若手社員の半分ほどは、1,2年南アメリカを放浪していたとか、インドで格安の宿を渡り歩いて強盗に身包みはがれたとか、女の子でも一人でモンゴルを歩いてきた、といった経歴を持つ人々が占めていた。もちろん、一人旅の気楽さに慣れるあまり、日本の会社というシステムに対応できなかったり、激務に耐えられず辞めてしまう者もその中にはいた。私にはそこまで放浪する行動力はなく、なんとなくバックパックという形態も肌に合わなかった。せいぜい2,3週間、軽めのスーツケースひとつ、たいていの駅には荷物預かりがあるし、いつ戻ってまた泊まると予約を入れておけば小さなホテルでも荷物を保管しておいてくれるし、とりあえず大物を預けて身軽に街を歩き回るのが常だった。そもそも、大荷物を背負って歩くのはいかにも旅行者然としていて、むしろちょっとした犯罪にも会いやすい(同居人もヒースロー空港で床に置いたバックパックをやられてるが、そういえば、一度も私自身は海外でスリをはじめとする犯罪にあったことがない)。図書館で先日、『定年バックパッカー読本』という本を見つけたのだが、バックパックという形態に賛同はしないながら、なかなか肯ける旅の知識が載っていて、面白かった。ターゲット設定みえみえの題名はともかく、ドミトリーなどの安宿を避けることや、食べることについて、安全面での心得など、一人旅の楽しみ方は自分に近いものがある本だった。もちろん、私はこの著者の方ほどあちこちへ出かけていないので、未知なる街の話にまたもやうずうずしてきてしまうのだが。
アジアの大都市の片隅には、そうやって旅するうちに所持金がつき、また非合法の物に手を出したりして日本に帰れずに路上生活者化している者がかなりいるという。ヨーロッパの都市においても、状況は同じだ。むしろ裏社会というものは、そちらのほうが充実しているのかもしれない(『野性の夜に』1992 シリル・コラール監督作品や、『憎しみ』1995マチュー・カソヴィッツ監督作品などにも現実の有様が写し取られている)。先だって触れた近藤紘一氏の本のいくつかをまた改めて読み返していたら、『パリへ行った妻と娘』の中にも、現地のベトナム人社会の実態が出ていて、興味深かった。移民として生きる人々の姿、しかし同じアジアの隅っこを産とする我々には、その移民街のレストランが、旅先では何より心強いものだったりするからだ。私も、その13区界隈の、ベトナム料理屋でフォーを食べて、疲れた胃を休めた思い出がある。ユダヤ人街のファラフェルとともに、今でも食べたくなる味だった。
紙製の金の冠の飾りを載せた、新年のお菓子が並べられたカルチェラタンの一角で、冷たい雨が降る商店の軒先に、いわゆる白人、アメリカかオーストラリアから来たと思しきバックパッカーが二人、身を寄せて雨をしのいでいた。まだ若者の部類に入る男と女、脇に置かれた荷物以外は何もない、足を折り曲げて座っていてもかなりな背の高さがうかがえる、その姿に憐れみと嫌悪を覚えるとともに、何も求めずに二人でただ眼前の通りという世界を日がな一日眺めている恋人たちが、無性に羨ましかった。
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