梅雨明けの7月下旬、霧が峰、美ヶ原に行く。
ともに、深田久弥の「日本100名山」ではあるが、「山には登る山と遊ぶ山があり、後者は歌でも歌いながら気ままに歩く。勿論、山だから、登りはあるが一つの目的に固執しない。気持ちの良い場所があれば、寝転んで雲を眺め、わざと脇に迷い行ったりする(いわゆる高原逍遥)、当然豊かな地の起伏と広闊な展望を持った高原状の山でなければならぬ」と「霧ケ峰」と「美ヶ原」の二つを特に記して称えている。
ともに、日本の中央山岳のほぼ中央に位置し、広大な展望には定評がある。
北アルプス、南アルプス、中央アルプスの全て、富士山、奥秩父、八ヶ岳、赤城山、浅間山、奥志賀、妙高山、乗鞍岳、木曾御岳等々と国内屈指の大展望。
ちなみに霧ケ峰(車山)は、日本100名山の36峰が見られる。
まず、霧ヶ峰に向かう。早朝、諏訪方面から急斜面を登ると、車の運転が慎重にならざる得ない位の名にし負う濃霧が立ち込めていた。
但し、風が出て来てあっと言う間に霧は消えた。
霧走る迅さを頬がとらへけり
強清水に日大グライダー部「鵜飼輝彦君記念碑」並びに「藤原咲平記念碑」がある。
昭和8年から、この地の上昇気流を利用して練習場が出来たグライダーのメッカ。
そういえば、この後、のんびり高原を歩いていると、梅雨明けの青空に高く舞い上がる何台かのグライダーを目にした。
今日は、八島ヶ原湿原から御射山を経て最高峰・車山、さらに南の肩、北の肩、大笹峰、ゼブラ山を経て湿原に戻り、北の鷲ヶ峰から改めて八島ヶ原湿原を俯瞰する総なめコース。
3000haと言う広大な霧ヶ峰を満喫する。
八島湿原PAに着くと早朝にも拘らず、ほぼ満杯。大型バスも数台。
湿原の展望所(1630m)の掲示板には、現在咲いている花々の写真が貼ってあり、あざみの歌の碑がある。横井弘作詞の「山には山のうれいあり、、」で著名な歌である。
この地の年間平均気温は5.8c。北海道と同じ気温でもある。
草花の写真を撮る人、一周80分の湿原を巡る人、展望だけの人と溢れている。
眼前に見渡る限りの湿原は、日本最南端の高層湿原と言う。手前の八島ヶ池とともに湿原のかなたに水面が輝き(鎌ヶ池)、ほとりに奥霧小屋が見える。
泥炭層のミズゴケ類の遺体が、12,000年にわたり未分解のまま積み重なったもので、最深8mの厚さ。また地塘は深さ1m以内で、梅雨明けの青空を映している。
水面は、あめんぼうだろうか、やや揺れている。
主峰・車山(といってもなだらかな隆起)からゼブラ山の稜線が青々とした草原を広げ、その上に端正な蓼科山が見える。(写真①)
勿論、尾瀬ヶ原には及ばないが、奥鬼怒湿原、田代山湿原、北海道の雨竜湿原、サロベツ原野(日本最北湿原)に匹敵する。
田中澄子「花の百名山」では、この霧ケ峰の「ヤナギラン(アカバナ科)」が紹介されている。盛りが晩夏から初秋であるためか、あまり期待してなかったが、いの一番に一輪だけ、湿原近くの木道脇に見つけた。今日のテーマの花をまずゲット!の感。(写真①-2)
以前、白馬大雪渓の上部のお花畑でこの花の大群生を見たが、稜線近くまで広がり、まるで青空まで咲き登るようで壮観だった。ここでは、季節が早いためかまだちらほら。
木道は靴にはやや違和感があるが、足音は爽快。
奥霧小屋あたりから、郭公の声がする。
広い湿原越しに聞こえて来る訳だが、いかにも高原だなあと実感する。
みずならの木がいくつか現れる。いつも心を落ち着かせてくれる大好きな木。
次に小梨。既に花は終ってはいるが、桷の花とも言い、清楚な小ぶりな白い花弁がいとしい花だ。このふたつは、この山域では多く見られた。生育上好適地なのだろう。
「シシウド」が何本か咲いているが、沢山の虫が群がっている。蜜を吸っているのだろう。
時々、擦れ違う人が「こんにちは」と声をかけてくる。
紫外線が強いので、改めて「日焼け止めクリーム」を塗る。
木道には、ところどころに木のベンチがあり、のんびり湿原を眺めている人も多い。
「こんにちは」との言葉が自然に出てくる。そして皆表情が明るく穏やかだ。
山の効用だろう。
所々の木道が濡れていて、近くに清水があった。
万緑や水場に鎖付きコップ
但し、季節的には、ほぼ終りである。
紫は空に淋しき花あやめ
ここの清流を木橋で渡る。ふとこの水は、太平洋か日本海のどちらに流れるかが気になった。いわゆる「中央分水嶺」の問題である。
帰宅後調べてみると悩んだだけあって、今日辿るなだらかな後半のコース(山彦尾根)が文字通り、「中央分水嶺=日本の背骨」だった。
したがって、この清流や八島ヶ原湿原の水は、諏訪湖を経て天竜川となり、太平洋に流れ込む。
これから、沢渡を経由して、やや泥っぽい急坂をしばらく歩く。
ヤマアザミが時々目に映る。(写真⑥)
最盛期には、この辺りは大群生と聞くがまだまだの感がする。日光霧降高原、那須の大峠の大群生を見た印象からすると、今一つ。
二人の自然保護指導員と会ったので、コース等を教えてもらう。
植物保護のため、二人一組でこの山域を巡回しているとのこと。
蜻蛉がかなり飛んでいる。避暑に来ているのだろう。
以前、7月下旬に谷川岳、越後駒ヶ岳に登った時に、空を覆うくらいの蜻蛉の大群にびっくりしたが、山小屋のおやじは「やつらは、避暑に来ていて、八月下旬にはまったくいなくなる」とこともなく説明してくれた。
キンバイソウの黄色の花が増えてきた。(写真⑦)。
代表的な高山植物である「ミヤマキンバイ」に似た花である。
車山の肩に着く。ここは、ビーナスラインと接するため、大型バス、自家用車で満車状態。かなりの人が歩いて40分の車山山頂を目指す
このコースは直登せず、ぐるっと一周する。
のんびり草花と大展望を楽しみながら登るのだ。
始めは北アルプス、乗鞍岳、木曾御岳。そして中央アルプス、南アルプスと楽しめる。
さらに富士山、八ヶ岳。
突然、雲雀らしい声と、真っ青な空に鳥影が見える。
涼風のなか、恋の囀りはアルプスにも届きそうだ。
間違いなく雲雀だった。意外な遭遇だった。
山頂手前でかのヨーロッパアルプスを代表するエーデルワイスそっくりのウスユキソウが見られた。(写真⑧)
しかし、カトウハコベの一種かも知れない(自信持てず)
程なく、霧ケ峰の最高峰の車山山頂(1925m)。
二等三角点があり、気象レーダーがある。
どこからも見える直径4mのパラボラアンテナの周りは、車山の肩からのハイカー以上に白樺湖側からロープウェイで上がって来た人で大混雑。
蓼科山は雲に隠れたが、白樺湖とリゾートが俯瞰される。
頂上からやや離れたところで、食事とコーヒーを取る。
梅雨明けのため、太陽光線は強く、再度日焼け止めクリームを塗る。
2000m近い高度では通常であれば、100mで0.6cの温度が低下するので、12c近く下界より涼しい筈だが、30c近くあり、下界並である。
但しそこは高原、涼風が来ると爽快だ。
先が長いので、一気に100m強下り、車山乗越へ向かう。途中、人工降雪機があった。
ふと思い出すことがあった。この車山スキー場は南面のため、日中は雪が融け、夜氷結するため、朝はカチカチの氷雪なり、ロープウェー(山頂駅)を降りての急坂で足がすくんだことがあった。怖かったが、もう20年近く前になったかと感慨深かった。
平坦な道はここちよいアップダウンがあり、涼風も吹いてきて、至福のトレキングとなった。振り返ると、気象レーダーの車山がなだらかな傾斜の中に見える。(写真⑨)
虎の尾とは、、、しかし、可愛いくて好きな花である。
草原に一本のななかまどがあった。まだ、緑溢れる葉叢だったが、中秋には染まるような真っ赤な紅葉となり、ハイカーを楽しませるだろう。東南方向にかなり傾いているのは、草原でもあり、冬だけでなく通常でも北西の強い強風が吹くのだろう。
高原の中の突起のような、南の耳(1838m)、北の耳(1829m)を経て、
ゼブラ山(1776m)に至る。(写真⑩-2)
のんびり山を下ると、現在休業中の奥霧小屋。キャンプ場でもある。
ここには、駐車場からの木道が続いており、ハイカーが多い。
鎌ヶ池は、駐車場側の八島ヶ池とともに、湿原に良いコントラストを与えている。
木道の周りは色んな植物が見られる。鮮やかな黄色のコウリンカ。黒い総苞に囲まれた橙紅色が印象的で何となく愛嬌のある花と思う。(写真⑫)
駐車場近くの展望台の人達が見え始める頃、紫が鮮やかなウツボグサを見つけた。(写真⑬)
車山からの後半のコース(山彦尾根)はなだらかなコースにも拘わらず、日本の背骨!
左足(西)の雨水は天竜川を経て太平洋に、右足(東)の雨水は、千曲川、信濃川を経て
日本海へと流れ入るかと思うと感慨深いものがあった。
翌日は美ヶ原高原全域を逍遥したが、霧ケ峰を更に上回る山岳展望(殊に北アルプスが指呼の距離)で、頂上(王ヶ頭)から日本100名山42峰の大展望を楽しんだ。
参考文献:
深田久弥「日本100名山」(朝日新聞社)
白山書房編「百名山パノラマ案内」(白山書房)
田中澄江「花の百名山」(文春文庫)
青山富士夫「高山の花」(小学館)
写真(クリックで拡大表示):
①八島ヶ原湿原と蓼科山
①-2ヤナギラン
②八島ヶ湿原とシシウド
③ハクサンフウロ
④ヒオウギアヤメ
⑤諏訪神社(旧御射山神社)
⑤-2御射山桟敷席
⑥ヤマアザミ
⑥-2ニッコウキスゲ
⑦キンバイソウ
⑧ウスユキソウ or カトウハコベ
⑨南の耳手前から車山(気象ドーム)
⑩イブキトラノオ
⑩-2 山彦尾根(中央分水嶺)からの南の耳(左)と北の耳(右)
⑪ゼブラ山から雲移りゆく八島ヶ原湿原
⑫コウリンカ
⑬ウツボグサ
⑭鷲ヶ岳頂上手前から八島ヶ原湿原と車山(気象ドーム)
地図:霧ケ峰全域
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