2010年5月28日金曜日
― ながいながい戦後 ―
物憂さの白夜の靴を脱がぬまま 青山茂根
ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』は、その劇中の歌たちとともに多くの人々の記憶に残る傑作だろう。子供から大人まで、ミュージカルの楽しさをこの映画から覚えた(あるいは『ウエスト・サイド物語』か)とか、とりあえず翻訳された「ドレミの歌」なら知っているはず。しかし、この映画が、忍び寄るナチス・ドイツの足音を描いた作品だということは、皆、忘れてしまっている。
『芸術新潮』六月号の、特集「ルーシー・リーに会いたい」の頁をめくっていたら、ふとその映画を思い出した。子供時代のルーシー・リーが、二人の兄とオーストリアの民族衣装を身に着けてポーズをとっている写真に。そう、この衣装、『サウンド・オブ・ミュージック』の中で、確かコンクールに出場する子供たちが身に着けていたものと同じ、大佐のジャケットもこの民族衣装からのデザインのものがたびたび登場したと思う。もう一度見返したわけではないので、細かくは記憶違いかもしれない。しかし、ルーシー・リー自身も、ウィーンに生まれ、ナチス・ドイツのオーストリア併合から逃れて、イギリスへ渡ったのだ。イギリスへ渡らなければ、彼女の命も危うかったが、あの作風が生み出されることもなかっただろう。
そして、今年見た映画『アイガー北壁』も、ナチス・ドイツのオーストリア併合直前の市民を描いている。ドイツによる、初登頂への奨励がなければ、彼らは危険を冒してまでそのとき山へ登らなかった。この映画、今年の傑作の一つ。以前の広渡敬雄さんの「マッターホルン」の記事を読まれてから、映画を見ることをお勧めしたい。客観的描写に徹した映像表現に、広渡さんの書かれた(山自体は違うものの)実際に踏破したものの実感が蘇ってきて、苦しくなってくるほどだ。
見かけは平和な、日々の暮らしの中では、気にとめることもないが、世界は未だ長い長い戦後の中だ。いつしか新たな戦前へとすり替わる予兆をはらみつつ。
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