2010年10月21日木曜日

水晶の鹿

かつて銭湯だった建物を改装したという「SCAI THE BATHHOUSE」は、ちいさなギャラリーがたくさんあつまっている谷中一帯でも、現代美術に力を入れた展示内容で異彩を放つ存在である。
このスペースに、今は名和晃平の作品が展示されている。(10月30日まで)

建物に入ると銭湯の名残の下駄箱があるが、靴を脱ぐ必要はない。
引き扉を明けてなかに入ると、更衣室だったらしい展示室の壁は黒く塗られ、照明も暗めに落とされている。

ここに展示されているのは"Dot-Fragment_Q#2"というドローイング作品である。
部屋を一周するように飾られた白いキャンバス。その全面に、インクをこぼした痕のような点が無数に散りばめられている。
規則的であるようにみえて、その密度や濃淡はさまざまに変化し、全体を見ると波のようなリズムがあるとも感じられる。

黒い壁が長方形に切られたところから隣室の光が押し寄せてくる。その穴を抜けると、浴槽であったと思われる広い展示室がある。壁も天井も白一色に塗られ、強力な照明が展示物を照らしている。

向かって右側の壁を見ると、そこに掛けられているものは、銀色にかがやく鹿の胸像に見えた。それは透明の、大小さまざまな球体をつなげあわせ、鹿の胸部から頭部、そして立派な角を模したものと思われた。かなりの大きさのオブジェである。

近寄って見ると、そのオブジェの内側に実物の鹿の剥製が入っていることがわかった。
ふたたび離れてみると反射光の輝きに鹿の鼻や目の黒色、毛や角の茶色が反映され、モザイク処理された映像を思わせる視覚的効果がある。

この作品のタイトルが“PixCell-Double Deer”であることを後で知った。PixCellとは、デジタルカメラなどのPixell(画素)とCell(細胞・小部屋)を組み合わせた造語ということである。

同様のオブジェが向かって左側の壁にも掛けられている。そして部屋の中央には鹿の全身を同様に加工したオブジェ……そこではたと気づいたのだが、中央に置かれているのは、同じくらいの大きさの鹿を二体重ねあわせたものなのである。そして、両側の壁のオブジェも同様に、二体の鹿を重ねたものであった。

タイトルのDouble Deerというのは、このことを示している。それももちろん後でわかったことだ。

六体の鹿はすべて立派な角を持つ雄鹿である。種類や、生息地などはわからない。
表面を覆っている透明の球体は、ほとんどがビー玉ほどの大きさのアクリルであり、そのなかに混在しているテニスボール程度の大きさのものは水晶であるということだ。


天高し水晶にさかしまの鹿   中村安伸

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