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2009年11月10日火曜日

haiku&me 9月の俳句鑑賞(2)

パリ・モスクワ   山口珠央


はじめまして。山口珠央と申します。
haiku&me 竣工おめでとうございました。
そして、お招きありがとうございます。
9月分の各氏作品鑑賞のご依頼を頂きましたが、なにはともあれ me とゆうからには「なんぞツッコメ」との無言のプレッシャーを感じております。

普通は haiku&I のところ、あえて目的格を配置なさった各氏に敬意を表するため、辛口ヴァージョンで努めさせて頂きました。たしかにツッコミどころ満載の俳句作品、血祭りです。BGMはブラーの TO THE END でお送りしております。


青山茂根

誰が袖にあらずや菊枕咬めど

「誰」とぼかさずに「汝」であれば、男色エロ俳句として成り立ったかもしれない。
「菊枕」を季語においた発想は斬新だが、謡曲にある「菊慈童」の世界そのまま、という印象が拭いきれない。「菊枕」の一物俳句を試みてほしい。そしてできるなら、咬まないでほしい。思い切って陶酔してもらいたい。

飛行機を降りて夜食の民の中

旅詠であろう。飛行機のなかで食事は出そうなものであるが、それすらないような航空会社の夜間飛行。「夜食の民」で作者がその中の数少ない異国人であることが示される。好きな一句。

少しだけあらがふやうに砧かな

隣家では砧を打っているというのに、またひとりで(ふたりで)なんかやってるらしい。近所迷惑俳句と命名したい。どうあらがっているのか、景が見えないが具体的な描写があれば面白い作品になりそう。ただ、かな句ではないのではないか。


中村安伸

緞帳の河緞帳の月映る

あまり意味のない「緞帳」俳句。意味のなさに嫌々ながら目が留まった。「緞帳」はなんとなく「絨毯」に似ているような気もするので、これが季語か。「月」という重い季語を踏みにじった蛮勇は評すべきであろう。

引く波の渦を残せり秋彼岸

「残せり」ではなく「残すや」と切るべきであろう。鑑賞ではなく、添削です。
添削してもつまらない俳句であることに変わりはないので、中村俳句の汚点として末永くたいせつにしてもらいたい。あるいは容赦なく棄ててもらいたい。


榮 猿丸

怪談の擬音が怖し夜の秋   

良い句だと思う。ただ、怪談で怖いのは擬音だけではないので、一般性はないし軽い。軽さが同氏の作品の持ち味だとは、鑑賞者は考えていません。意外と深い作者。

恋文を燃やす灰皿秋暑し

作句に困ったので「恋の句」に逃げてみました、というところか。恋文は洗面所で燃やすべきであろう。「燃やす」と「暑し」がどうか。きっと内容も鬱陶しい恋文だったのだろう。燃やして正解だった。

蜜厚く大学芋や胡麻うごく

今会作品の白眉。写生に徹したところが好ましい。でもちょっと細かすぎるか。


上野葉月

肖像の首長くあり桐一葉 

モジリアーニの肖像画を思う。「長くあり」と五文字も費やしてしまったところが勿体ないようでいて、「長い首」のある意味における無駄さ加減を視覚的に再現した佳句。季語が効いている。しかし、類想句がゾロゾロありそうなので、その程度。  

朝顔の薄い薄いと呟けり

文語なのか口語なのか、どちらかに統一してもらいたかった。この句のリフレインは前掲句とは違って、単なる無駄。繰り返すが、単なる無駄である。

鍵盤を滑る指先秋桜

「鍵盤」と「秋桜」がうまく響き合ってあると思う。ただ、鍵盤は叩くもの。ときに愛撫するように、ときに突き砕くように。滑るだけでは「子犬のワルツ」も無理。