パリ・モスクワ 山口珠央
はじめまして。山口珠央と申します。
haiku&me 竣工おめでとうございました。
そして、お招きありがとうございます。
9月分の各氏作品鑑賞のご依頼を頂きましたが、なにはともあれ me とゆうからには「なんぞツッコメ」との無言のプレッシャーを感じております。
普通は haiku&I のところ、あえて目的格を配置なさった各氏に敬意を表するため、辛口ヴァージョンで努めさせて頂きました。たしかにツッコミどころ満載の俳句作品、血祭りです。BGMはブラーの TO THE END でお送りしております。
青山茂根
誰が袖にあらずや菊枕咬めど
「誰」とぼかさずに「汝」であれば、男色エロ俳句として成り立ったかもしれない。
「菊枕」を季語においた発想は斬新だが、謡曲にある「菊慈童」の世界そのまま、という印象が拭いきれない。「菊枕」の一物俳句を試みてほしい。そしてできるなら、咬まないでほしい。思い切って陶酔してもらいたい。
飛行機を降りて夜食の民の中
旅詠であろう。飛行機のなかで食事は出そうなものであるが、それすらないような航空会社の夜間飛行。「夜食の民」で作者がその中の数少ない異国人であることが示される。好きな一句。
少しだけあらがふやうに砧かな
隣家では砧を打っているというのに、またひとりで(ふたりで)なんかやってるらしい。近所迷惑俳句と命名したい。どうあらがっているのか、景が見えないが具体的な描写があれば面白い作品になりそう。ただ、かな句ではないのではないか。
中村安伸
緞帳の河緞帳の月映る
あまり意味のない「緞帳」俳句。意味のなさに嫌々ながら目が留まった。「緞帳」はなんとなく「絨毯」に似ているような気もするので、これが季語か。「月」という重い季語を踏みにじった蛮勇は評すべきであろう。
引く波の渦を残せり秋彼岸
「残せり」ではなく「残すや」と切るべきであろう。鑑賞ではなく、添削です。
添削してもつまらない俳句であることに変わりはないので、中村俳句の汚点として末永くたいせつにしてもらいたい。あるいは容赦なく棄ててもらいたい。
榮 猿丸
怪談の擬音が怖し夜の秋
良い句だと思う。ただ、怪談で怖いのは擬音だけではないので、一般性はないし軽い。軽さが同氏の作品の持ち味だとは、鑑賞者は考えていません。意外と深い作者。
恋文を燃やす灰皿秋暑し
作句に困ったので「恋の句」に逃げてみました、というところか。恋文は洗面所で燃やすべきであろう。「燃やす」と「暑し」がどうか。きっと内容も鬱陶しい恋文だったのだろう。燃やして正解だった。
蜜厚く大学芋や胡麻うごく
今会作品の白眉。写生に徹したところが好ましい。でもちょっと細かすぎるか。
上野葉月
肖像の首長くあり桐一葉
モジリアーニの肖像画を思う。「長くあり」と五文字も費やしてしまったところが勿体ないようでいて、「長い首」のある意味における無駄さ加減を視覚的に再現した佳句。季語が効いている。しかし、類想句がゾロゾロありそうなので、その程度。
朝顔の薄い薄いと呟けり
文語なのか口語なのか、どちらかに統一してもらいたかった。この句のリフレインは前掲句とは違って、単なる無駄。繰り返すが、単なる無駄である。
鍵盤を滑る指先秋桜
「鍵盤」と「秋桜」がうまく響き合ってあると思う。ただ、鍵盤は叩くもの。ときに愛撫するように、ときに突き砕くように。滑るだけでは「子犬のワルツ」も無理。