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2010年8月11日水曜日

初心者連句入門 第3回 自他場について   葛城真史

自他場

 連句の句は、「人情句」(にんじょうく)と「場の句」(ばのく)にわかれる。「人情句」といっても、この場合の「人情」は「人の情け」ではなく、単に「人が詠み込まれている」ということ。「場の句」は、風景句および人が詠まれていない一切の句である。
 「人情句」はさらに細かく、「自分」が詠まれている「自の句」、「他人」が詠まれている「他の句」、「自分」と「他人」が詠まれている「自他半の句」の三つにわかれる。鉤括弧付きで「自分」「他人」と書いたのは、特に前者の場合、現実の自分自身である必要はなく、「主観的」(「他人」は「客観的」)と置き換えてもよいからである。
 以下、それぞれの例句を挙げてゆく。

自の句

  天金の歌集ひもとく月明に   篠見那智

(胡蝶『満ち干の落差』より  平成17年3月27日)

 「天金」とは本の上部に金箔が貼られていること。日本語の文章においては主語が省かれた場合、動詞の「動作主」は、前後の文脈による示唆がなければ、基本的にそれをつづった人(=「自分」)ということになる。したがって、ここでは月明に歌集を「ひもとく」のは「自分」であり、決して「他人」が「ひもといている」わけではないのである。

他の句

  両国を渡る其角の若かりき   市川千年

(胡蝶『吊し雛』より  平成18年2月26日)

 「其角」という明瞭な「他人」が詠まれている。俳句をやる方には説明ご不要であろうが、「其角」とはむろん、芭蕉の門人、宝井其角のことである。

自他半の句

  「もう少し歩きたいの」と由比ヶ浜   兎弦

(ソネット『久米仙人』より  平成20年3月23日)

 恋の流れで出てきた一句。「もう少し歩きたいの」というのは、もちろん彼女が彼氏に対して言っている(あるいは草食男子のセリフかもしれないが)のであり、言う「自分」と聞く「他人」がいるので、これは「自他半の句」ということになる。

場の句

  花万朶タンカー遠く動かざる   川野蓼艸

(胡蝶『吊し雛』より  平成18年2月26日)

 海沿いの桜並木。コントラストが見事な風景句である。
 先に触れた通り、風景句でない「場の句」もある。

  いつのまにやら足りぬジョーカー   葛城真史

(歌仙『海境を来る』より  平成17年7月24日)

 これは短句。具体的な風景が詠まれているわけでもなく、かといって人間が詠まれているわけでもないので、「場の句」になる。

「三分の理」

 いくつか例を挙げてきたが、実は私自身、あるいは私が参加している草門会自体、そこまで厳格に自他場にこだわっているわけではない。連句協会の常任理事でもある蓼艸さんは、口癖のようにこうおっしゃる。

 「自他場は”三分の理”があればよい」

 つまり、屁理屈でも何でも、一応説明がつくなら、自他場をどう解釈しようが自由なのである。実際、「三分の理」によって自由に解釈が変わる句もある。例えば先に挙げた「ジョーカー」の短句は、「場の句」であるとしたが、「いや、ジョーカーが足りなくなったことに気づいた『自分』がいるのだ」と言えばたちまち「自の句」にもなるし、「トランプ遊びを皆でしているのだから……」と言えば、「自他半の句」にもなるのである。
 ちょっといいかげんだと思われるかもしれないが、要はあまりガチガチに自他場にとらわれるよりは、連句自体の面白さを優先し、もっと柔軟に考えてもよいということである。
 さらにいくつか例句を挙げる。

  心地よき英語教師の鼻濁音   村田実早

(胡蝶『梅雨の満月』より  平成17年6月26日)

 「心地よき」と感じている「自分」と「英語教師」がいるので「自他半の句」ということになるが、「心地よき」は、あくまで「鼻濁音」に対しての形容にすぎない、と解釈すれば、これは「他の句」ということになる。

  遠方の客柿提げて来る   川野蓼艸

(胡蝶『満ち干の落差』より  平成17年3月27日)

 「客」のことを詠んでいるのだから「他の句」といえるが、いや、「客」を迎える「主人(=「自分」)」がそこにいるのだといえば、「自他半の句」であるともいえる。

  草原を東へ駆ける蒙古族   葛城真史

(独吟歌仙『猿の横顔』より  平成15年秋)

 「蒙古族」がいるので「他の句」であるが、これは具体的な人物がいない、いわば「歴史の風景」なのだといえば、「場の句」であるという解釈も成り立つ。

 このように自他場の解釈は「三分の理」でどうとでもなる場合も多い。なぜそのようなことをするのかというと、自他場は「打越」にかかわってくるからである。
 次回は、その「打越」の話をしたい。


 ワールドカップに浮かれたりなどしつつ、あっというまに前回から三ヶ月以上、間が空いてしまった。その間、この卑小な稿の存在などまったく忘れ去られていたことと思うが、もし1人でも続きを気になさっている方がいらっしゃったら、本当に申し訳ない。これから気分を新たに再起動ということで、またしばらくおつき合いを願いたい。
 なお、本文中、「日本語の文章においては主語が省かれた場合…」という一文があるが、わが国最古の小説である『源氏物語』では、ほとんど主語が省かれ、敬語の使い分けによる人物同士の関係性の示唆のみで人物を表しているということは、承知している。

2010年4月27日火曜日

初心者連句入門 第2回 連句の用語と基本的なルール その1   葛城真史

今回は連句のいろいろな用語やルールについて書きたい。

「長句」と「短句」

連句は、「長句」(ちょうく=5・7・5)と「短句」(たんく=7・7)を交互に連ね、製作する。第一句目を「発句」(ほっく)、最後の句を「挙げ句」(あげく)という。前者は必ず「長句」、後者は必ず「短句」になる。なお、現在も使われている”挙げ句の果て”という表現は、ここからきている。


「捌き」と「連衆」

連句を製作することを「巻く」という。巻く際のメンバーを「連衆」(れんじゅう)といい、その場をとりまとめるリーダーのことを「捌き」(さばき)という。連句の進行は、基本的にはこの「捌き」が、連衆の句を一覧し、付ける句を決めてゆく。付ける際に句の修整が必要であり、捌きがそれを行うことを「一直」(いっちょく)という。捌きを特に決めずに連衆たちで相談しつつ句を付けていくことを「衆議判」(しゅうぎはん)、順番を固定して進行することを「膝送り」(ひざおくり)という。

また、連句は基本的に数名で巻くものだが、一人で巻くことを「独吟」(どくぎん)、二人で巻くことを「両吟」(りょうぎん)という。後者は基本的に「膝送り」で行われるが、自然、一方が長句だけ、もう一方が短句だけになってしまうので、途中で一方が二句つづけ、順番を入れ替える。


「季句」と「雑の句」

季語が入る句を「季句」(きく)、入らない句を「雑の句」(ぞうのく)という。形式にもよるが、季句を入れる場所は、おおよそ決まっている。連句を巻く当季が発句の季節となり、それにより他の季節の配置が変わる。また、捌きのあんばいにもよる。このことは今後、「歌仙」(かせん)の解説をする時に詳しく触れたい。

連句の季語は、たとえば「春」なら、「初春」「仲春」「晩春」、そしてこの三つにまたがる「三春」にわかれる。同様に、「夏」は「初夏」「仲夏」「晩夏」「三夏」、「秋」は「初秋」「仲秋」「晩秋」「三秋」、「冬」は「初冬」「仲冬」「晩冬」「三冬」にわかれ、これに「新年」をくわえた十七季が、連句の季語の分類である。


「季句」のつづけ方と「季戻り」

連句では「夏」「冬」の句がでたら、”一句以上三句まで”、「春」「秋」の句は”三句以上五句まで”つづけることになっている。

季句は、その季節の中においては、現実と同じ順番で付け、戻らないようにする。たとえば、「初春」→「初春」→「晩春」はよいが、「初春」→「晩春」→「仲春」となってはいけない。これを「季戻り」という。

「三春」「三夏」「三秋」「三冬」は、いわばオールマイティで、「初春」→「三春」→「仲春」、あるいは「晩春」→「三春」→「三春」のように使える。ただし、「三春」→「三春」→「三春」のように付けるのは、禁止ではないが、好ましくはない。

ところで、先に「その季節の中においては」とことわったのは、連句では、たとえば「秋」の句の後に雑の句をいくつかはさんで「夏」の句をだしたりするからである。


「月の定座」と「花の定座」

連句では、一巻(いっかん=一つの連句作品)の中に必ず「月の句」と「花の句」を詠み込むことになっている。「月の句」を詠む場所を「月の定座」(つきのじょうざ)、「花の句」を詠む場所を「花の定座」(はなのじょうざ)という。それぞれの句数や何句目に詠むかは、各形式により異なる。なお、ここでいう「花」とは、連句では「桜」のことをさすが、「桜」といわず、必ず「花」と詠む。「花の雲」「花冷」「花万朶」(はなばんだ)などのことばがある。

定座の場所に関して、”「月」は上げ下げ自由。「花」は上げてもこぼさない(下げない)”といわれる。しかし、「月の句」はある程度柔軟に前後させても(「捌き」が判断する)、「花の句」は動かさない方が無難である。私の経験でいうと、連句を巻く時期が桜の季節である場合、例外的に発句に「花」をだすことがあるが、それ以外で「花」を動かすことはない。

今回、「自他場」や「打越」についてまで触れようと思っていたが、例句が必要だと思い、次回にまわすことにした。今回説明したルール等についても、これらは基本的なことなので、必要があれば随時補足したい。

また、何度か「形式」ということばを使ったが、これについてはいずれまとめて説明したい。

2010年4月6日火曜日

初心者連句入門 第1回 連句とは   葛城真史

 連句とは、言葉を連ねてつくる”宇宙のミニチュア”である。
 何の前置きもなくこの一文を冒頭に提示したのは、これが連句というものの本質をついていると思うからである。
 私事であるが、私は学生時代から「草門会」に参加している。連句協会の常任理事・川野蓼艸(かわのりょうそう)、『現代連句入門』の著者・山地春眠子(やまじしゅんみんし)らが昭和62年に立ち上げた連句結社である。その例会の席で、特別ゲストとして招かれた俳人・眞鍋呉夫(まなべくれお)先生に、二度ほどお目にかかった。
 二度目のとき、眞鍋先生は孫のような年齢の私に、
「貴方は連句をどう思っていますか?」
 と丁寧にお尋ねになった。私はナマイキにも冒頭の一文のように答えた。
 すると、眞鍋先生が、
「これは大変なことをいいました。僕は芭蕉も同じことを考えていたと思う」
 とおっしゃったので、私は感動し、以来、連句とはどのようなものかと人に聞かれたとき、自信を持ってそう答えることにしている。
 松尾芭蕉の名がでた。江戸期における巨大な「俳句の名人」として知られ、学校でもそのように教わるが、厳密にいえば、誤りである。「俳句」とは、近代になって、正岡子規が連句の発句(ほっく=第一句目)を独立させ成立せしめた、日本文学史的にいえば、比較的新しいジャンルなのである。
 つまり、元来は「連句」であった。近代以前のそれは、「俳諧の連歌」(はいかいのれんが)、あるいは単に「俳諧」といった。だから、正確にいうと、芭蕉は「俳諧の名人」にほかならない。
 以上は、余談である。連句の歴史について、ここでは長々と書くつもりはないし、第一、正直にいうと、筆者はさほど精しくもない。この稿は、あくまでも実践のための「初心者連句入門」としたい。
 引き続き、連句の概要について。
 歴史を語るわけではないが、芭蕉の言葉を引用する。

「たとえば歌仙は三十六歩なり、一歩も後に帰る心なし」(『三冊子』)

 ここでいう「歌仙」とは、三十六句からなる連句のこと。後戻りをしない、というのは、連句の大きなルールのひとつである。つまり、連句は、前句を解釈し、一句ずつ連ねて作り上げる文芸作品であるが、同作品中に一句でも類想の句があってはいけないのである。付け句をしながら、イメージを新たにし続けてゆく。俳句が世界の”一瞬”を切り取った一枚の絵画であるとしたら、連句は、次々に場面を転換して一個の世界を成す映画といえるであろう。
 ついでながら、俳句と連句の違いを今ひとついう。現代俳句は「写生」を重視し、俳人たちはその鋭き観察眼をもって日常の何気ない”一瞬”を切り取り、詩と化し、その驚きと感動を我々に伝える。
 しかし、逆にいえば、現代の「写生の」(と限定しておく)俳句は、目に見えるもの(実感できるもの)以外の多くを切り捨ててしまったといえるかもしれない。
 連句は、ちがう。俳句が、地に足をつけて詠むべきものだとしたら、連句は、地を離れ、高く大空へはばたいて、あるいは宇宙へ飛びだしてしまっても良いのである。つまり、あまり荒唐無稽な俳句は嫌われるが、連句は、虚実の世界を自由に往き来し、遊ぶことができる。そして、それこそが、連句の魅力なのである。
 冒頭の”宇宙のミニチュア”という表現には、そういった意味も含まれている。


 このブログの管理人である俳人・中村安伸氏の言葉に甘え、連句についての連載をさせていただくことになった。連句人口は、俳句のそれに比べ、非常に少ない。とりわけ若者が少なく、冒頭に名前の挙がった蓼艸さん(そう呼ばせていただいている)と私は、連句の未来について、憂いを共有している。おそらく、このブログには若い読者が多いと思う。拙文でどれだけの人に連句に興味を持っていただけるかはわからないが、少しでも増えてくれることを願うばかりである。
 今回は、連句の概要について、あまりにも大ざっぱに触れた。次回より、さらに詳しく書いていきたい。