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2011年12月19日月曜日

シンポジウムとラジオと俳句フェア


猿丸です。

いろいろ告知3本です。


★

週刊俳句編の俳句アンソロジー『俳コレ』出版を記念したシンポジウムにパネリストとして参加します。


12月23日(金・祝日)午後1時開場・1時30分開演

週刊俳句編『俳コレ』(邑書林)の出版記念シンポジウム&パーティー

「俳コレ竟宴」


【竟宴シンポジウム】(1,000円)

第一部 詠む と 読む のあいだで(1:35~2:35)

スペシャル対談 神野紗希 vs 佐藤文香

第二部 撰ぶこと 撰ばれること(2:45~4:45)

コーディネイト・進行……上田信治

撰んだ人……筑紫磐井、櫂未知子、榮猿丸、村上鞆彦

撰ばれた人……依光陽子、松本てふこ、矢口晃、福田若之


【竟宴パーティー】 (9,000円)

【竟宴二次会】 (3,500円)


俳コレHP→ http://www.haikore.jp/

竟宴申込フォームはコチラ→ http://form1.fc2.com/form/?id=709740


★★

NHKラジオ第1「元日の夜はぷちぷちケータイ俳句」に選者として出演します。

1月1日(日・祝)19:20〜21:30の生放送です。


「元日の夜は、気鋭の俳人のみなさんが集合します。

新春のあなたの気分を俳句にして教えてください。

また、放送では当日のお題も発表し生投稿を受け付けます。

さらに、特選句の人気投票も実施!

選者のみなさんによる吟行句バトルもお聞きのがしなく!」


選者 神野紗希、外山一機、矢野玲奈、榮猿丸

ゲスト だいたひかる


事前の投句も募集中です。

お題は「マフラー」もしくは「デート」

HPから投稿できますのでよろしくお願いします!

http://www.nhk.or.jp/radiosp/k-haiku/


★★★

紀伊國屋書店新宿本店5階で「俳句フェア」実施中!

「アナザー文学の現在ーー俳句を読まなきゃ文学は語れない」

こちらは週刊俳句に詳しく載っております。


haiku&me関係では

青山茂根の第一句集『BABYLON』

中村安伸の100句が入集した『新撰21』

榮猿丸の100句入集『超新撰21』

も置かれています。


このフェアのすごいところは、俳句本だけじゃないところ。

ボルヘス、バルト、ヴァレリー、ポー、ナボコフ、多和田葉子、倉橋由美子をはじめ、

落語、美術関係の本などがずらっと並んでいます。

アナザー文学としての俳句、その魅力に迫る画期的なフェアです。

新宿にお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。


2011年6月21日火曜日

6thコードの響き

最初にお知らせ。
ぼくが所属する俳誌「澤」の同人でもある詩人の村嶋正浩さんの第7詩集『晴れたらいいね』の栞文を書かせていただきました。版元のふらんす堂の山岡さんが詩集についてブログでくわしく紹介されていますので、ぜひご覧ください。

「澤」7月号で行う予定だった永田耕衣特集、諸般の事情で8月号に延期になりました。お忙しいなか執筆いただいた方々には大変申し訳ありません。妥協許さずということで必ずや充実した内容になりますので、ご容赦ください。

*

「レコード・コレクターズ」7月号、キャンディーズ特集というので買う。久々に手にした音楽誌、隅から隅まで一気読みしてしまった。その中に、作曲家の宇野誠一郎さんの訃報記事があった。享年84歳。

宇野誠一郎は、ぼくが日本人で一番好きな作曲家である。「ひょっこりひょうたん島」「ムーミン」「ふしぎなメルモ」「アンデルセン物語」「山ねずみロッキーチャック」「一休さん」など、子ども向けのテレビ番組やアニメの音楽を多数手掛けた人である。

いまのアニメの主題歌(にかぎらないが)はタイアップばかりだけど、昔はそのアニメのために作られたものだった。エンディングテーマが、主人公のダークサイドや哀愁を歌っていたりして、なかには、これ子どもに聴かせていいのか、というものも多かった。そういう時代のアニメ/テレビドラマ音楽家である。宇野誠一郎と渡辺岳夫が両横綱で、それぞれ作品集もCDで出ている。

渡辺岳夫は、「巨人の星」「天才バカボン」「キャンディ・キャンディ」「キューティー・ハニー」「魔女っ子メグちゃん」「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」「機動戦士ガンダム」等々、これまた挙げていったらきりがない(渡辺岳夫は1989年に56歳の若さで亡くなっている)。

もちろん、子どもの頃から大好きで聴き馴染んだ楽曲群であるが、その凄さをはっきりと理解したのは、高校のときである。友達が「アニソン全集」といった趣きの、メロディー譜にコードが付いている楽譜集を数冊持っていた。それを借りてギターで弾いてみたら、そのメロディーとコード進行の美しさに衝撃を受けたのだ。基本的に子ども向けの歌なので難しいコードや複雑なコード進行を使わない曲も多いのだけど、そういうときは6thコードを多様したりする。もちろん、簡単なコードで豊かなメロディーを紡ぎ出すというのは、類い希なる才能と技術がないとできることではないのは言うまでもない。でも、「ふしぎなメルモ」なんて、子どもが歌っているのに、あんな複雑なコード進行でいいのか。「山ねずみロッキーチャック」の主題歌「緑の陽だまり」と言い、宇野誠一郎は日本のバカラックであると僕は思っている。

曲だけではなくて、アレンジも素晴らしい。たとえば渡辺岳夫の「ハイジ」の主題歌「おしえて」は、ヨーデルを取り入れた牧歌風な曲だが、ベースラインは16ビートでめちゃめちゃファンキーだったりする(エンディングの「まっててごらん」もまた素晴らしい)。しかもヨーデルやホルンはスイスまで行って録音している。制作費が出なくてスタッフは自腹で行ったらしい。そこまでこだわっている。とにかくグレードが高い。

僕が宇野誠一郎の曲で一番好きなのが、「アンデルセン物語」のエンディングテーマ「キャンティのうた」である。「ムーミン」をはじめとする、井上ひさしと組んだ曲のなかでも、もっとも美しくて、かなしい曲だ。この曲も6thコードを多用している。

宇野誠一郎の曲をギターで弾いてみる前は、6thコードと言えば、ビートルズであった。「シー・ラヴズ・ユー」とか「ヘルプ」の、あのエンディングのコードである。ギターで弾きながら、なんか古くさい響きだなと思っていた。しかし、宇野誠一郎と出会って、6thコードの持つ、あかるくて、せつない響きを知った。こういう音楽を聴いて育ったことは、とても幸せであると思う。御冥福をお祈りします。



 煙草吸ふたび途切るる鼻歌月涼し
  榮 猿丸


2011年3月8日火曜日

モラトリアムにサザンを聴く

桑田佳祐復活を伝えるテレビのワイドショーや、ニューアルバム発売で各音楽誌が特集を組んでいるのを目にしたせいで、サザンを久しぶりに聴きたくなった。

しかし、レコードプレーヤーを持っていないので、アナログ盤が聴けない。サザンのCDは持っていない。しかたないのでユーチューブで聴く。

背筋に冷たいものが走る瞬間、というのがあるが、ぼくは一回だけ経験がある。はじめてテレビでサザンの「勝手にシンドバッド」を聴いたときだ。小学5年生のとき、番組は「3時のあなた」だった。曲を聴くそばから、自分の中で何かが変わっていくのがわかった。なんて言うと臭い表現だけど、本当だったのだから仕方ない。感動とか感激などではなくて、ひとつ上のステージに上がった感じ。「勝手にシンドバッド」前と後、ができた。こういう経験はこのときだけである。

ぼくが持っているサザンのアナログアルバムは、78年のデビュー・アルバム『熱い胸騒ぎ』から83年の『綺麗』までで、つまり、この『綺麗』を聴いて、ぼくはサザンから距離を置いてしまった。
『綺麗』は、じつは最初聴いたときは興奮した。それは、サックス奏者・矢口博康が参加していたからである。ちょうどそのあたりから、ぼくはムーンライダーズのファンになっていて、矢口はライダーズ・ファミリー(という呼び名が当時はあったのだ。ライダーズ人脈というくらいの意味)のひとりだったからだ。
ちなみに、彼はその後のサザンのアルバムにも呼ばれて、『KAMAKURA』では、共同アレンジャーにまでなった。しかも、彼のバンド「リアル・フィッシュ」もレコーディングに参加している。

『綺麗』から、ブリティッシュ・ロックやデジタルなサウンドや手法を取り入れていくようになった。当時の流行といえばそうなのだけど、やっぱり、しっくりこないのである。矢口博康のサックスはたしかにかっこいいのだけど、そのかっこよさが浮いて聞こえてしまう。流行の服を着てみたのだけど、着こなせていない、といった風なのである。無理しているように感じられてしまったのだ。

桑田は資質としてポール・マッカートニーに似ている。無理しなくていいのに、無理したがる。
その見方を決定づけたのが、映画「稲村ジェーン」を桑田が監督したことだった。本当にポールである、彼は。
しかし、その「無理」も、小林武史と出会うことで、ようやく落ち着く。有能なスタイリストを得たことで、桑田の作る歌も格段に洗練されていく。
ぼくは、ポップ・ミュージックのメロディというのは、洗練されればされるほど、鼻歌に近くなっていくと思っているのだけど、彼のバラードは、いや、ロックンロールも、鼻歌のように美しい。

それなのに、なぜ離れてしまったのかというと、それは詞である。『綺麗』から、詞が変わった。ストーリーがあったり、設定があったり、社会批判やメッセージ、ヒューマンが入っていたり。「作って」いるのである。それまでの、パーソナルでローカルな直接性が失われて、そのかわり、知的な媒介操作の跡が見えるようになった。それは、一般的にいえば、うまくなったということなのだろう。詩的表現ということでいえば、洗練されたといえるのだろう。じっさいそう思う。あたりまえだが、プロフェッショナルなのである。しかしぼくは、「おれの歌は大学生のマスターベーション」と言っていた頃の歌のほうが、ずっと信じることができた。「言葉じゃなくて」とか「言葉にできない」というフレーズがやたらに頻出するのも、いい。無理に「言葉」にしないのがいい。もどかしさがもどかしいままにのたうちまわっている。

CDがないので、ユーチューブで聴いていると、音源に付けてある映像がビキニのお姉さんやグラビア・アイドルのものがとても多い。まあそうだよな、と思いつつ眺めているうちに、ノーズ・アートを思い出した。
アメリカ空軍の戦闘機の機首に、ピンナップ・ガールが描かれているやつである。ぼくにとって、初期のサザンの曲は、このノーズ・アートのようなものなのかもしれないと、ふと思った。

ユーチューブで聴いた結果、ぼくのサザンベスト10を。
1 C調言葉に御用心
2 いとしのエリー
3 シャ・ラ・ラ
4 栞のテーマ
5 思い過ごしも恋のうち
6 勝手にシンドバッド
7 いなせなロコモーション
8 恋はお熱く
9 お願いDJ
10 真夏の果実 

ぼくのなかでは、サザンは、なんというか、3月の気分なのである。「いとしのエリー」が3月発売だったからだろうか。「別れ話は最後に」が大好きだったからだろうか。3月にはどこかモラトリアムな気分がある。映画「真夏の果実」は大波を待つ映画なのだけど、この、ぼーっと海を眺めながら「待つ」気分が、青春であり、モラトリアムであると、思う。そうか、モラトリアム気分が抜けていなかった頃のサザンが好きなのだな。「ふぞろいの林檎たち」でサザンを使ったのは、まったく正しい。で、ぼくはあいかわらずモラトリアムなのである。

 巣つくらず巣箱にあまた鳥来れど  榮 猿丸

2011年1月24日月曜日

俳句総合誌LOVE PART2

先週水曜は黒瀬珂瀾さんの壮行会@神楽坂へ。あたたかくて、たのしくて、素晴らしい会であった。彼の人徳をまのあたりにした気分(ヘンな日本語だ)。歌人に限らず、大勢の方々がいらっしゃっていたが、俳人はなぜか私だけだったような。平日だったからだろう。

そういえば、幹事のお一人、田中槐さんの第一歌集の帯文が、なんと柄谷行人氏と聞きおどろく。すごい。うらやましい。

柄谷行人と言えば、「ヒューモアとしての唯物論」という小論のなかで、子規の生み出した写生文、「客観的」描写の根底にある精神的態度にヒューモアを見出している。これは俳句の「写生」というものを考えるうえでとても重要だと思う。いま手元にない(どこかに埋もれている)のでこれ以上書けないのだけど。

金曜日は角川短歌・俳句新年会へ。角川俳句賞の受賞者が2人だったからか、例年より人が多かったように感じた。会場の東京會舘はロースト・ビーフが美味しいので、乾杯が終わったらすぐにサーブしてもらえるよう、ロースト・ビーフのコーナー近くに陣取る。乾杯が終わった瞬間、すぐに行列。ほぼ一番乗りでいただく。美味い。

会場で角谷昌子さんから『俳壇』2月号の月評で拙句をお取り上げいただいたと伺い、また、この号は俳壇賞の発表があったらしく、しなだしんさんが惜しくも受賞を逃されたとのことで(やけ酒?に付き合えずすみませんでした)、さっそく買おうと思ったものの、近所の、割と大きな本屋を何軒も廻ったのだけどどこにも置いていない。アマゾンも品切れ。都内でなんとか手に入れた。

俳壇賞、しなださん惜しかった。これは悔しい。予選通過者にも知っている名前がたくさんあり、これはうれしい。しかし、しかしだね、選考委員に富士真奈美って……。ここ、ツッコんでいいところですよね。いや、すごい俳人なのかな。「ぴったんこカンカン」のイメージしかないが。何年か後には、吉行和子も選考に加わるのだろうか。ああ、俳壇編集部の方にツッコミたい。俳壇編集部の方、こんど飲みましょう。

何度も言いますが、私、俳句総合誌ラブですから。「俳壇」の「青春の肖像」というグラビアコーナーもすごいぞ。これ、笑ってはいけないんだよね。そして俳句総合誌恒例、毎度おなじみ〈謎のカット絵〉だが、「俳壇」のは意外にかわいい。とくに42ページの雑な鳥、78ページの妙に太丸い鯰。44ページの河豚らしき魚、64ページの、片手にパラソルを持って、片足を尻より高く上げ躍動しているウサギなどは秀逸である。ただひとつ言いたいのは、70ページのカット絵は、鶏もも肉なのか、イチゴなのか。「俳壇」のカット絵、おすすめです。

角谷昌子さんに取り上げていただいた句。「俳句あるふぁ」12・1月号より

 身に冷ゆるものあり金属探知機鳴る  榮 猿丸

俳句総合誌LOVE パート1へ

2010年12月20日月曜日

嫌いなものを見つけたい

「笑っていいとも」のテレフォンショッキングのコーナーで、若いアイドルや女優がゲストのとき、タモリはかならず食べ物の話をする、という話は聞いたことがあったけれど、この前、それをはじめて観た。ほんとに食べ物の話をしていたことに、ちょっと感動した。

これといって共通の話題がないとき、食べ物の話は当たり障りがなく、しかも間が持つ。そればかりか、話が深まれば、その人の個性や性格、生き様まで浮き彫りになることもある。嵐山光三郎の『文人悪食』や『文人暴食』は、作家たちの食癖や嗜好を文献や古雑誌などから丹念に拾い上げ、それらをもとに作家の足跡をたどり、作品を読み直す、食癖から読み解く作家論、近現代文学史となっていて、すこぶる面白い本だが、ここまで行かなくとも、味の裏側にある思い出やエピソードなど、誰でも持っているものだろう。食の嗜好、「好き嫌い」とは、そういうところまで拡がっていくのである。ところが、ぼくは食べ物の好き嫌いがない。苦手なものもなければ、大好物というものもない。とうぜん、それにまつわる思い出もない。つまらない男なのである。

だいたい、好き嫌いという判断基準がわからない。旨いか、不味いか、なのではないか。「そばとうどんどっちが好き?」と聞かれても、不味い蕎麦(うどん)は嫌いだが、旨い蕎麦(うどん)は好きだ、ではないのか。もちろん、そこに食べる側の状況が加味されれば別だが。という話をすると、たいがい場はしらける。つまらない男なのである。

これではいけないと思い、真剣に考えてみた。好きな食べ物。ようやく頭に浮かんだのは、島らっきょうである。島らっきょうか。そうだ、大好きだ。いくらでも食べられる。しかし、一生懸命考えて、島らっきょうか。なんだろう、このさみしさは。

あまりにさみしいので、「好きな果物ベスト3」を考えてみる。考えてみた結果、ぼくの場合、1位「白桃」2位「梨」3位「キウイ」である。だからなんなのだろう。真剣に考えて、満足しているだけに、よけいに、だからなんなのだろう。よくわからなくなってきた。

一方、嫌いなものは、いくら考えても出てこない。「好き嫌いがない」というのは美徳のはずだ。そういうふうに教育されてきたはずだ。でも、なんだろう、「嫌いなもの」がないと、人として欠陥があるように感じてしまう。うすっぺらく、軽く感じてしまう。お前にはポリシーがないのか、自分というものはないのか、「嫌いなもの」がないなんて、どういう人生を送ってきたんだ、お前の人生には何もない、と言われているような気になる。困った。

というわけで、来年の目標は、「嫌いな食べ物を探す」にしようと思う。嫌いなものにめぐりあいたい。「俺これ嫌いなんだよなー」と言いたい。

もうすぐクリスマスだ。しかし、クリスマスの思い出も、とくにない。サンタクロースを何歳まで信じていたか、という話題も、苦手だ。

来年も、うすさ、かるさが売りの、榮猿丸をよろしくお願いします。

クリスマスリースに蜂や汝を訪へば  榮 猿丸

2010年10月25日月曜日

デンデロレン

ソニーのウォークマン、カセットテープ式のものが国内出荷終了となったというニュースを観た。語学の練習用とか会議録音用以外の、つまり音楽用のカセット式ポータブルプレーヤーがまだあったのかということにちょっとおどろいた。

なんて言いつつ、私の世代はものすごくカセットテープにお世話になった。カセットテープ世代である。

大学生の頃、はじめてドライブデートをしたときのこと。彼女がドライブ用に編集したカセットを持ってきた。快晴だったその日にふさわしく、キラキラした、オシャレな選曲。ソフトロックや映画のサントラ、古いR&B、当時流行っていたエル・レーベルなどなど。曲順も考え抜かれている。オープニングが「わんぱくフリッパー」のテーマとかで、完璧な出来映えにぼくは感動した。

ところが、B面の最後、曲が終わったあとにちょっと間があいて、いきなり「デンデロデンデロデンデロレン…」とエレキギターの音が鳴った。「ん?」と思ったが、つまりこれは、「重ね録り」していて、前に録音した曲の最後が残っていたのである。この辺がじつにカセットテープらしい。CDやMDではありえない。

その、それまでのキラキラオシャレな楽曲とはあきらかに異質なエレキの音に、車内の空気が一瞬固まった。助手席からも(あっ…)という声にならない気配が感じられた。が、とくにそのことに触れることもなかった。たしかに違和感があったが、たんに重ね録りした、というだけのことだ。

デートから帰宅して、その日の夜。布団の中で「デンデロレン」がふとよみがえってきた。そういえば聴いたことあるな、この音。なんだっけな……と考えるとはなしに反芻していたら、はっと気づいた。まさか……いや、間違いない。

それは、「太陽にほえろ!」のオープニングテーマの、最後のギターの音だった。




土曜日に生放送で行われたNHKBS2「俳句日和」を観る。観ているだけではつまらないのでつい投句してしまった。というか、投句しないと観てられないというほうが正しいか。高柳克弘氏の選に入り、丁寧な評をいただき感謝。もちろん名前を変えて投句した。こういう場合、選ばれると申し訳ない気もする。お題は「曲」。

通勤に聴く曲激し秋の風   榮 猿丸

2010年10月19日火曜日

空気吸うだけ

以前ここでも書いた、鴇田智哉、関悦史、大谷弘至、榮猿丸による〈若手俳人〉座談会が特集だった「俳句」6月号。通常の連載のほかは初心者向け記事も実用的なハウツー記事もなく、そして鉄板ネタのご長寿健康記事もなく、予想通りの大赤字だった、と思いきや、なんと3ヶ月かけて通常号の売れ行きを上回ったらしい。出足勝負の雑誌では普通ありえない売れ方で、じわじわと売り上げを伸ばしたという事にちょっと感動した。そして〈若手〉特集だけで売れるはずがないという大方の予想を裏切る結果に当事者としてホッとする。

『超新撰21』が12月1日発売になるとのこと。関悦史さんのブログで知る。

私は体調さだまらず波あり。空気吸うだけ。というわけでリハビリブログ。




どんぐり十個それ以上には負けられぬ
   榮 猿丸

2010年8月16日月曜日

結社誌と同人誌

ミュージシャンのエピソードで好きなものの一つに、ムーンライダーズもはちみつぱいも結成前の鈴木慶一が「5人目のはっぴいえんど」になるかもしれなかったという話がある。ぼくが記憶していたのは、目黒のトンカツ屋で、大滝詠一と細野晴臣から「好きなバンドを3つあげよ」と言われ、鈴木慶一がその中に「CCR」を入れたため、加入はならなかったというものだったが、いまネットで調べてみたら、事実は違っていたようだ。

れんたろうさんが運営する「名曲納戸BBS」の、2008年6月3日の投稿に、鈴木慶一のラジオ番組に大滝詠一がゲスト出演したときの模様を文字起こししたものが掲載されており、そこでこの件について語られている。引用させていただく。

光岡ディオン: 二人の最初の出会いは?
鈴木慶一: 細野さんの家だったと思う。ギターでG→Emに行く中で、オレ、F♯を入れた。で、コレいいんじゃない、ということになった。
大滝詠一: (G→Emに行く流れで)経過音を入れるのは、センス。教えられるもんじゃない。細野さんが、奴はF♯を入れた!って、言ってた。
鈴: で、メンバーに入れようということになって、(はっぴいえんどのメンバーと)日比谷の野音に出た。
大: すると、正式メンバーにしようかどうしようか、となるわけ。目黒駅の近くのトンカツ屋で、「入団テスト」をした。
鈴: 質問が来るの。大滝さんから。ツェッペリンとザ・バンドとクリムゾンとでどれが一番好きだ?って。
大: それ、細野さんが聞いたと思う。
鈴: ザ・バンドって答えると、じゃあ、ザ・バンドと○○と○○○とではどれが好きかって。バッファロースプリングフィールドが候補にずっと残ってて、(3択候補の中に)CCRが入ってきて。で答えるのに2秒くらい間が開いた。そしたら大滝さんから「ほんとはCCRが好きなんじゃないの」と言われて。つまった。
大: 人生のターニングポイントだったんだよ。
鈴: 3年で終わるバンド(はっぴいえんど)と30年続いてるバンド(ムーンライダーズ)で…。
大: それで良かったんじゃない。
鈴: あの時、分岐点にいた、ということが分かったよ今。
大: 帰りに細野さんと「CCRじゃなー」って言った記憶がある。

このエピソードから、ふと俳句の同人誌を思った。
俳句の発表の場として、商業誌の他に、結社誌と同人誌がある。個人誌というのも、広義で同人誌に入るだろう(結社誌というのも、主宰の個人誌という側面があるけれども)。主宰、つまり師匠のもとに集い、指導を受けるのが結社誌で、同人誌は各同人が対等であるというのが、大きな違いということになるか。ただ、結社にも「会員」と「同人」がいて、同人は主宰の選を受けないということもあるらしいし、同人誌でも代表者が添削したり選をする場合もあるらしい。つまり、はっきりとした境界があるようで、ない。趣味趣向や主義主張、志を同じくする者が集うという意味でも、結社誌も同人誌も同じだろう。

ぼくが考える結社誌と同人誌の違いは、結社誌は誰でも入会できる、初心者歓迎だけれども、同人誌は、誰でも良いというわけではない、ということではないかと思っているのだけれど、どうなのだろうか。創刊同人以外は、冒頭の「入団テスト」のようなものが行われているのではないかと、想像しているのだが。「金子兜太と波多野爽波と高柳重信では誰が一番好きか」という三択が続いていく、というような。

かく言うわが「haiku&me」も、同人誌である。もちろん、「入団テスト」があった。中村安伸さんとぼくは、青山茂根さんから、「好きな俳人を3人あげよ」と言われたのだ。

一人ずつ行われたので、安伸さんが誰をあげたのかは知らないが、難なく同人になったようである。しかしぼくは、つい、自分の師匠である小澤實の名をあげてしまった。自分の師匠の名をあげるなど言語道断、それこそ「CCR」以下である。茂根さんは、しばし黙考したのち、なぜ小澤實をあげたのか理由を尋ねた。ぼくは自分の失敗を察し、弁明に必死になった。「逆に」を連発したのを覚えている。その姿に苦笑しつつ、寛容なる茂根さんは、仲間に入れてくれたのである。





というのは、冗談です。真っ赤なウソです。入団テストなんてありません。すみません。でも同人誌って、バンドみたいであってほしいなと思う。だいたい同人誌って、寿命短いし。そこからソロに転向するとか、別のバンドを組むとか。ローリング・ストーンズやムーンライダーズのような長寿バンドもあるけれど。その場合、バンドがプラットフォームになるわけで、むしろ結社誌に近いか。

旧作より。

 秋立つやペンギン群れて腥き  榮 猿丸

2010年8月2日月曜日

表層に宿るもの

俳句スランプ脱出のため、矢継ぎ早に美術館へ行く。

7月某日、「SWINGING LONDON 50'S-60'S」@埼玉県立近代美術館へ。
50年代から60年代の英国インダストリアル・デザインと「スウィンギン・ロンドン」と称されたユース・カルチャーの展覧会。入ってすぐ、テレキャスター、ストラトキャスター、レス・ポールのエレキギター御三家、三体仏が鎮座。ありがたく拝む。振り返るとヴェスパがあり、モッズ・コート(朝鮮戦争休戦後、大量に放出され英国に流れてきた米軍のパーカー)が掛かっている。最近気付いたのだけど、「踊る大捜査線」の青島刑事のコートってモッズなんだね。ダサかなしい。私は。

60年代英国カルチャーに多大なる影響を受けた私としては、何時間居ても飽きない空間だった。最も印象に残ったのは、ジミー・ペイジ翁の私物ギターやベルベット・スーツではなく、マリー・クワントのミニ・スカートとチェルシー・ブーツであった。魔法使いサリーちゃんなどの60〜70年代の少女漫画のコスチュームの原型。ツイッギーが登場してロング・ヘアーのグラマラスな女性からショート・カットのスレンダーな少女に。ガーリーの原型。マリー・クワントは一世を風靡しただけに、じつは70年代は「あの人は今」状態だったらしい。というのは、キンクスが74年に作った「Where Are They Now?」という曲があって、タイトルのとおり、表舞台やトレンドから消えた人達を羅列していく歌なのだけど、そのなかにマリー・クワントも出てくるのだ。今じゃ考えられないけれど、そういう時代もあったんだな。

ビニールとプラスティック。猿丸俳句の原点。というより、現代の都市生活のすべてがすでに用意されている。マーシャル・マクルーハンの予見したプロセス通りにわたしたちは動いている。

7月某日、「ウィリアム・エグルストン:パリ-京都」@原美術館へ。
エグルストンの日本初個展。待ってたぞ。
ありふれた日常の風景、何の変哲もないモノや無名のヒトを写した一見無造作なスナップ・ショット・スタイルのカラー写真。ひじょうにアメリカ的な(今ではクリシェとなった)イメージの断片。寂れたバーの看板や空き瓶や使い捨て容器のゴミ、自動車やガレージ、郊外の家、モーテル、だだっ広い(しかしなにもない)風景。芸術写真といえばモノクロが主流だった76年に、ニューヨークのMOMAで個展が開かれるも、批評家からは「陳腐なスナップ・ショットに過ぎない」と酷評される。ストレート・フォト全盛の今の感覚では考えられないが。酷評されてなんぼである。

しかし、そんなありふれた日常を写しても、エグルストンの写真には個性がくっきりと顕れている。豊かな質感と鮮やかな色彩の深み、無造作なようでいて独特な構図。匿名性は、属性や記号から解放されるためにある。被写体との関わりの稀薄さ、説明を排除した視線は、あくまで表層にとどまろうとする。ホテルの部屋の奥に写りこんだ半開きのドアは、異界への通路の象徴ではない。何も暗示しようとしない。それだからこそ、日常にひそむ謎、無常、そしてパーソナルで普遍的な物語が生成される。

そんなエグルストンが、パリと、そして京都!を撮った。日本をエグルストンがどう撮ったか。バルトの表徴の帝国っぽい?いやいや、エグルストンはエグルストンである。ペットボトルの美しさ(しかもお〜いお茶!)。しかし、被写体が私に近すぎて(あたりまえだよ日本人)、ちょっと不思議な感じもある。

残念ながら、私が行ったときにはまだ個展のカタログが出版されていなかった。しかし写真集2冊ゲット。うれしい。でも痛い出費。大枚2枚飛ぶ。写真集は高い。

リアガラスの曇り縞なす夜の秋  榮 猿丸

2010年7月26日月曜日

summer in the city

俳句関係の作業やら締切やらが一段落したとたん、夏風邪を引いた。この感じ、ひさしぶりだ。「暑い」のか「熱い」のか、わからない感じ。この「だるさ」はどっちなんだ。冷房の部屋に入ると寒い。設定温度を29度に上げても、寒さにふるえてようやく風邪だとわかる。土曜は昼間寝ていて夜に起きだし、熱をはかったら38度を超えていた。しかし食欲は減退せず、そうめん二人前にシーフードサラダ、食後にテレビでやっていた『デス・ノート』三部作観ながらポテトチップス一袋食う。しかしだるい。あつい。さむい。

夏の音楽というと、ボサノヴァとかレゲエとかビーチやバカンス音楽だったりするのだけど、街の夏の歌も捨てがたい。映画だとエリック・ロメールの『獅子座』が思い浮かぶ。あのパリの暑さはすごい。生々しく、生き生きと、夏のパリがフィルムに閉じ込められている。いつ観ても新鮮に、暑い。

音楽では、その名のとおり、ラヴィン・スプーンフルの「サマー・イン・ザ・シティ」が先ず挙げられる。歌詞もそのまんまなところがいい。『ダイ・ハード3』のオープニングで効果的に使われていたのが印象的だった。ちなみにテレビ放映時のジョン・マクレーンの吹き替え、どうにかならんか。「ふぇ〜!」「うぇ〜!」と喘ぎまくって、おもしろすぎるぞ。映画で使われたといえば、ヴェンダースの映画『都市の夏』もある。タイトルもそのまんま。しかし、この映画の副題は「キンクスに捧ぐ」となっていて、なぜタイトルがラヴィン・スプーンフルなのか、キンクスの曲名にすればいいのにとも思うが、このひねくれた感じがキンクスに捧げるのにはふさわしい。

そのキンクスでは、ヴェンダースの映画では使われていないけれど、やはり「サニー・アフタヌーン」だろう。相続税をがっつり取られて家屋敷だけ残った英国貴族のぼやきが延々と歌われている。「サマー・イン・ザ・シティ」にしても「サニー・アフタヌーン」にしても、ほんとけだるい。あまりに「都市の夏」すぎて、この猛暑の中で聴きたくない。

というわけかどうかわからんが、「サニー・アフタヌーン」のプロモビデオは、雪の中で、コートにタートルネック、マフラー姿で演奏されている。ただたんにひねくれているだけだが。「夏の晴れた午後をだらだら過ごすのさ」と、悴んだ手をさすり、白い息を吹きかけたりしながら歌うレイ・デイヴィスの鼻声は、永遠に治らない夏風邪のようだ。



畳の目無数寝冷のわがほとり  榮 猿丸


2010年7月5日月曜日

おほうなぎ

7月3日は「澤」創刊十周年俳句大会・祝賀会であった。第一部が句会と記念講演。二部が祝賀会。
記念講演は、
宗田安正氏「現代俳句史における『澤』」
正木ゆう子氏「恋とビニールの間」
筑紫磐井氏「〈伝統〉と二十一世紀俳句」
押野裕氏「澤十年の感想」
押野さんは「澤」の前編集長。澤のプリンス。
講演の採録含め、大会の特集は澤10月号で行う予定。

祝賀会は私が司会。会場が芸能人の結婚式みたいで、ビビる。盛りだくさんな内容で、「ご歓談タイム」が取れなく申し訳なし。だが、時間内に収まってほっとする。
しかし、大失態をやってしまった。新同人の紹介で、上田明成さんの句「観るものはみな生者なり大文字」の「大文字」を最初「おおもんじ」と読んでしまった。「あれ、だいもんじ?失礼しました!」という…。あの、言い訳ですけれど、「だいもんじ」わかってますよ、もちろん。でも、一瞬、わからなくなってしまった。これは二次会でいじられまくった。もうひとつ、松園子さんの「波留久佐乃皮斯米之刀斯【はるくさのはじめのとし】や難波恋ふ」の「難波」を「なんば」と読んでしまった。「なにわ」であった。句を事前に読み込んでませんでした。すみません。

で、祝賀会のなかで澤各賞の表彰もあったんですけれど、高橋睦郎、小林恭二、小澤實各氏が選考委員の第6回澤特別作品賞というのを今回受賞したんです、ぼく。とても光栄なんですが、司会が受賞者の自分を紹介するのって、おかしいでしょう。しかも表彰式とか受賞の挨拶もあるのに。と、シュサイに申し上げたら、「いや、ウケると思って」とおっしゃられる。ウケるか!「笑いを取ってくれ」くらいなことを言われる。できるか!
壇上で小澤主宰から表彰状と小屏風をいただく。林雅樹さんに花束をいただき、ハグ。林さんのお祝いの言葉、笑い取ってましたね。よかった。いや、そうじゃなくて、林さんらしい挨拶がうれしかったです。私はいただいた小屏風を披露し、そこに書いていただいた主宰の句を紹介する。「おほうなぎ元気雌雄も年齢も不詳」これもウケた。よかった。いや、笑い取るためじゃなくて、ほんとうに書いてほしかった句だったので。書いていただく句は受賞者がお願いできるんです。あとで間村俊一さんから、「おほうなぎ」の句にも感動したが、この句を選んだ猿丸も偉いと言われる。ありがたし。

大会で久し振りにお会いした方、はじめてお会いした方とお話しできるのが何よりうれしいのだけれど、司会だったもんで、時間がなくて残念。二次会はちょっと放心状態。三次会からエンジンかかる。で、五次会まで行ってしまった。五次会はさすがに三人だったが、私以外の二人は、「澤」の人ではない。これがうれしかった。「澤」の人でもないのに、楽しい、もっと飲もうと言ってくれる。いい会だと酒を酌み交わしてくれる。ほんとうにありがたし。空がすっかり明るくなった雨上がりの道をゆらゆら歩いて、帰宅。
特別作品賞の中から一句。

ダンススクール西日の窓に一字づつ  榮 猿丸

2010年5月24日月曜日

「俳句」6月号

「俳句」6月号の特集「座談会 若手俳人の季語意識ー季語の恩寵と呪縛」に参加しました。
鴇田智哉、関悦史、大谷弘至、私の四人で、実作の面から話しています。各人の季語観の違いがこうも出るものかと、やってみておもしろかったです。でもその違いも、俳句の黄金時代から遠くはなれた今、遅れてきた者として、俳句を、季語をどう詠むかという共通の認識の上での各々のストラグルだと確認できたので、もしも次の機会があれば、殴り合いができるでしょう。同じ土俵にのってないと、できませんから。

ちなみに、前の5月号の特集は「吟行は、いのちを捉えて即座に詠む」
次の7月号は「先人たちに学ぶ俳句の〈個性〉」で子規とか虚子とか。。。
という、70代がメインの読者層の雑誌で、今月号は大丈夫か。赤字覚悟……じゃなくて、画期的な特集ではないかと。ご一読くださると幸いです。

座談会用自選20句から、夏の句を。

うたごゑを口がうたへば孑孑も  鴇田智哉
蚯蚓ゐる近くにフライドチキンの骨  関 悦史
眠たげな鹿の子を神は使はせし  大谷弘至
ガーベラ挿すコロナビールの空壜に  榮 猿丸

2010年5月3日月曜日

「素人」体質

下記のブログを読んで、古い角川『俳句』を引っぱりだした。

夢の帆柱「眺めて、おもう」

『俳句』平成16年1月号から17年6月号まで、18回にわたり連載された千野帽子の「先生、ここがわかりません!」。
リアルタイムでは、まったくノーマークだった。タイトルを見て「初心者向けのハウツーものか」と思ってスルーしていたのだった。

第1回目は、こんな文章から始まる。

俳句初心者には二種類ある。「素人」と「弟子」だ。

これは、師匠を持つとか持たないということではなく、「体質」だという。で、句会にハマった「素人」である千野帽子は入門書を五十冊読んだ。しかし、「弟子」体質ではない千野には俳句に関する素朴な疑問は解消せず、謎が深まるばかりだった。そうした「素人」に俳句の世界がどう見えるか、ということをストレートに書きつづっている。すべてではないけれど、かなりの部分で、ふだん僕が感じていることとダブっていて、たいへんおもしろかった。いくつか紹介したい。

第17回「俳句は「大衆化」してよかったのか」では、伊藤園の「お〜いお茶」のペットボトルや缶に印刷されている「新俳句大賞」を取り上げている。

考えてみればいかに俳句人口が多くとも、投稿している人よりも俳句を作らずにいる人間のほうが圧倒的に多いはずで、そういう人の大半は伊藤園の俳句を見てもなんとも思っていないか、ヘタすれば「つまんねー」と思ってるかもしれないのだ。俳句の世界において真に待たれるべきなのは、伊藤園の俳句を読んで「こんなのが俳句なら自分は俳句やらなくていいや」と思える感覚の持主たちなのではないか。

私は「お〜いお茶」ひとり不買運動を行っているが、それは、もちろん「新俳句大賞」を見ると落ち込むからだ。なぜかといえば、千野さんが述べているように、「こんなのが俳句なら自分は俳句やらなくていいや」と思われるのがくやしいし、なさけないからである。

それを敢えて「ふつうの感覚」の持主と呼ぶならば、俳句の世界には、伊藤園を含む投稿俳句をおもしろいと思っちゃう「特殊な感覚」の持主ばかりが大挙して押し寄せていることになる。

第12回「『新しい俳句』はほんとうに新しいか」は、次の文章ではじまる。

いくつかの句会に参加してみて気づいたことのひとつ。四十歳代の女性参加者には「ポエマー」率がひときわ高い。

これは僕も以前ミクシィの日記で少し書いたことがあるのだけれど、今は亡き「俳句朝日」で若手俳人特集を行ったことがあって、結社推薦の若手俳人数百人の俳句が三句ずつ掲載された。そのときの、アラフォー俳人たちのメルヘンチックな「詩的表現」に辟易したのを覚えている。「ポエム」なのである。70年代の少女漫画、80年代の歌謡曲、シティ・ポップスのセンスなのである。「レモン色の月」云々という句があったりして、おいおい、結社推薦なんだろう、とびっくりしたもんだった。

老主宰が彼女たちのメルヘンな俳句になんと「新しさ」を見て取って称揚しているという可能性はないのか。
(中略)
はっきりしたことは言えないがもしそうなら俳句の世界の言語感覚の一部は、ジャンルとして特殊に進化したものではなくたんに世間より「遅れている」だけなのかもしれない。
(中略)
ド素人から見れば彼女たちのポエム信仰は時間が四半世紀ほど止まっている。

これは「ポエム」だけにとどまらない気がする。たとえば、寺山修司や塚本邦雄的レトリックをまんま使用した若手の俳句が主宰クラスの俳人に受けているのを最近よく目にする。そういうのも、俳句の「素人」が見たら、ほんと恥ずかしい。俳句をやらない友人に見せられない。馬鹿にされるだけだもの。

最終回は「俳句は大衆化してよかったのか」
本文の中に、唯一ゴチック体になっている文がある。

俳句がだれにでもできてたまるものか。

これが一番言いたかったことなのだろう。つづけて

俳句人口が多いのに出版不況なのは俳句人口の大半が本来なら俳句をやらなくていいはずの「(碌な)本を読まない人たち」で占められているからである。これが俳句の「大衆化」というものの実態だ。

このあとにもっと過激なことが書いてあるのだけど、引用はやめておく。引用した文も素直に首肯しがたいのだけど、要は、先に紹介したブログの執筆者が述べている「俳句のなかだけではなく、文学のなかで輝きを放つためには、知らなきゃならないこと、考えなきゃならないこと、視野に入れなきゃいけないことがたくさんあると思う」ということなのだろう。これが、「素人」=「ふつうの感覚」の持主の率直な声なのだ。

私は師匠についているが、体質は「素人」である。で、師匠についていなくても、体質が「弟子」の人はたくさんいる。というか、「素人」体質の俳人って、ほんと少ない。

こういうこと書いて、自分の俳句載せるのって、ハードル高すぎるわ。

 みのはちのすせんまいぎあら春愁  榮 猿丸


2010年4月12日月曜日

しょうもない

加倉井秋をの第一句集『胡桃』をいただく。うれしい。
昭和23年刊。これ藁半紙かな、ひじょうに燃えやすそうな紙。一瞬で燃えるな。片面がザラザラで片面がツルツル。これ両面印刷する紙ではないのではないか。とても読みにくい。序文を師の富安風生が書いているのだけど、長い。風生は秋を俳句の特徴を「全体に通ずる口語調(仮にかく呼ぶ)の自由奔放な駆使にあるであろう」と書いている。

月光に掻き鳴らすギターは出鱈目  秋を
さくらんぼの柄は灰皿へ捨てる
鳩時計歌ふカレンダーを三月にする
食卓の鉄砲百合は素つぽをむく
雛の灯を灯すスヰツチが押入に
貸茣蓙に氷水とどき父が起きる
残雪らしき土塊を蹴つて見る
デパートの雛壇の裏に窓がある

引いていくととまらない。なんだかしあわせになるゆるさ。こんな句がえんえんと続く。風生の「退屈なガソリンガール柳の芽」路線だが、秋をは大胆な口語調、破調、散文調。切字はもちろん、切れがほとんどない。雑な句、しょうもない句がたくさんあるが、俳句でしか詠めない「詩」がここにはある。逆に言うと、ゆるさの裏に、俳句以外でも詠める「詩」は、俳句以外でやればいいじゃん、という意志が感じられる。

花種を蒔くことだけは自分でやる

これに似たゆるい句を以前作った(が、句会で小澤實にボツにされた)。ボツ句もたまには載せよう。

結婚式二次会花種もらひ帰る   榮 猿丸

2010年3月29日月曜日

ギミック

27日に行われたTwitter読書会『新撰21』、第三回「山口優夢+佐藤郁良」、ご参加&ご覧いただいた方々、ありがとうございました。下記から発言をまとめたものをご覧いただけます。

http://togetter.com/li/11288

全21回、ということであと18回あります。12月に刊行が予定されている続編『超新撰21』が出るまでには、なんとかやり遂げたいと思います。ちょっとペースを上げないといけませんね。おつきあいのほどよろしくお願いします。

角川「俳句」4月号購入。新企画「角川俳句賞受賞作家の四季・春」相子智恵の15句が掲載されている。最低でも次の受賞者が出るまで、1年間は角川俳句賞受賞作家をフィーチャーしろと言い続けてきたが、やるじゃねえか。えらいぞ、「俳句」編集部。

もう一つのトピックは黛まどかインタビュー。「俳句」誌では久々の登場ではないか。そしてカラーグラビア付き。まあ本の宣伝なのだけど。俳句の世界ってギミックってないのだけど、この人の登場時は確実にギミック入っていたと思う。俳句アイドル、略して俳ドル路線的な。って誰だそれ。でも、彼女は俳壇ではメインストリームではなく、独自の立ち位置にいってしまった。インタビューによると、彼女の携帯メールマガジン「俳句でエール!」は会員が約1万人だという。メルマガでこの数は、多いのか少ないのかわからないけれど、俳壇内から見ればすごい数だと思う。いずれにせよ、俳壇はギミックが好きじゃないらしい。ぼくはこういうの大好物なんだけれど。

ギミックといえば、ちょっと前にテレビで「デトロイト・メタル・シティ」を最後まで観た。日本の映画界、大丈夫か、と心配になるくらい最低の映画だったが、ロック映画、そしてギミックがテーマというだけで愛せる。

 掻き混ぜて即席汁やしじみ鳴る   榮 猿丸

2010年3月16日火曜日

仲よしこよしはなんだかあやしい

先週の土曜は、現代俳句協会青年部シンポジウム「『俳句以後』の世界」へ行く。タイトルがもう、かましてる。かまされたぼくは、即申し込んだ。当日は遅刻して、第1部の、橋本直さんの「俳句のはじまり」、宇井十間さんの「俳句の終わり」は聴けず、第二部の「『俳句以後』の作家たち」と題されたパネルディスカッションから聴いた。パネラーは、池田澄子、岸本尚毅、鴇田智哉、四ツ谷龍の各氏、司会の宇井十間さん。

第1部を聴いていないのでなんとも言えないのだけど、パネルディスカッションからは、はっきり言って「俳句以後」というものはよくわからなかった。この顔ぶれが揃っただけで面白いといえば面白いのだけど、あまりつっこんだ話はなかった。顔ぶれはすごいのだけど、ヘンにバランスが取れているため、「俳句以後」というテーマ自体がぼやけてしまったように思う。鴇田智哉、関悦史あたりかなあ、ぼくが「俳句以後」と聞いて想像した俳人は。

懇親会で歌人の斉藤斎藤さん、花山周子さんに始めてお会いして、お話し。斉藤さんから、週刊俳句のサバービア俳句の話が出たのにはおどろいた。

その前夜、テレビで井上陽水のデビュー40周年記念の特番を観る。「澤」の編集の佳境だったのだけど、めちゃめちゃ面白くて、最後まで観てしまった(だからシンポジウムに遅れたのだった)。

たくさんの曲がダイジェストで紹介されていたのだけど、歌詞の奇跡的な言語感覚に圧倒される。天才、って何度も思った。母がレコードを持っていて、小学生の頃から聴いていたし、代表曲ももちろん知っていて、すごい人なのはわかっているつもりだったのだけど、わかっていなかったのだ。

ぼくが小学生のときは、「青空、ひとりきり」が好きだった。フォークっぽいものの良さがまだわからず、ポップでファンキーだったからというのもあるが、歌詞の「ひとりで見るのがはかない夢なら/ふたりで見るのはたいくつテレビ」というフレーズが、大好きだった。子供心にグッときた。

ロックとかポップ・ミュージックには、こうしたグッとくるフレーズがたくさんあって、そんなときふと思うのは、ニューウェイブ以降の現代短歌って、こういうフレーズと比べられちゃうなあと。読者からすると、比較できてしまうんだな。もちろん、現代短歌のなかにも、似ているようで全然ちがう、つまり「短歌」としか言いようのないものも当然あるわけだけど、単純に比べられてしまうものもあって、その点、俳句はいい。比較できるものがない、というより、比較対象にならない。いや、相手にしてくれないというほうが正確か。もちろん、Jポップや歌謡曲のフレーズの切れっ端に季語をくっつけただけのような俳句もあるけど、そんなものはどうでもいい。成仏してください。

話が逸れたが、この特番で、いちばん興味深かったのは、ボブ・ディランの影響を語っていたこと。影響と言っても、「ああ、こういうやり方もあるんだ」と気付いたことで、もともと持っていた言語感覚が花開いたということだが。「氷の世界」とか「傘がない」とか「夢の中へ」とか、ああいう詩の展開は、ディランの影響だったのだ。ひじょうに納得。

阿佐田哲也(色川武大)からも多大な影響を受けたようだ。阿佐田の話をふられて、語ったエピソードが印象深いものだった。麻雀をしていると、阿佐田は寝てしまう。睡眠障害だったらしい。阿佐田さんの番ですよ、と起こすと、朦朧としたまま、店屋物の鮨のトロの握りを取って、それを場に置いた。

完全にギャグなのだけど、病状を考えれば、シリアスな状況でもある。ギャグでやっているのか、本気なのかわからない。シリアスとユーモアが表裏一体なところ、たしかに陽水の世界である。これもひじょうに納得。じっさい、陽水の歌を聴いていると、爆笑してしまうことが多々あるが、これはもちろん嘲笑ではなく、その真逆で、こういう、すごすぎて笑ってしまうロックって、最近はなくなった。

で、陽水の「ゴールデン・ベスト」を買ってしまった。『陽水Ⅱ せんちめんたる』から一曲も入ってないのはちょっとさみしい。

ボブ・ディラン掛けよ蛙の夜なれば   榮 猿丸


2010年3月11日木曜日

Everyday I Write the Haiku

ツイッターを眺めていると、毎日たくさん俳句を書いている方がいて、すごいなと思う。
私は句会がないと書けない。締切寸前にならないと書けない。
句会はたいがい都内であるので、電車で小一時間かかる。その間に句をつくる。
着くまでに句ができなかったらどうしよう、という不安と焦燥が、句をつくらせるのである。
で、そういう句のほうが出来がいいのだから、ますます事前に句をつくらなくなる。
一番いいのは、席題句会。句会場に着いて、その場でお題がでる。事前に作らなくてよい。
つまり、行けばいいだけ。その場に行くだけで句ができるのである。なんて素晴らしいのだろう。

澤の仲間と、俳句トキワ荘をつくりたいね、とよく話していた。
手塚治虫や赤塚不二夫や藤子不二雄などが若かりし頃に住んでいたトキワ荘の俳人版。
俳人だけが住んでいるアパートである。
そしたら、毎日句会が出来る。毎日俳句が書ける。酒も呑める。最高だ。
澤の編集も楽になるし。でも、こういう話になるというのは、
つまり、なぜかまわりに独身が多いっていうことなのだけど……。



誕生日の夜は串揚を食べた。20分で腹一杯。昼飯か。

 おまかせの串揚たらの芽でストップ   榮 猿丸

2010年3月2日火曜日

モノよりポエムより、ヴァイブ

ミュージックマガジン増刊『THE GROOVY 90'S』を立ち読みした。と、PCのキーを打っていると恥ずかしくなるようなタイトルだが、内容は「90年代日本のロック/ポップ名盤ガイド」である。
思わず手に取ってしまう悲しい性。オザケン復活というタイミングは偶然らしいが、それがまた微妙に感慨を誘う。

結局、買ってしまった。懐かしさと恥かしさがせめぎ合うなか、最終的にレジにぼくを向かわせたのは、巻頭の、小西康陽、スチャダラパー+TOKYO NO.1 SOUL SET、曽我部恵一のインタビューである。90年代を代表するミュージシャンたちが、今だからこそ語れる、肩に力の入っていない話しぶりが興味深かった。共感したわけだ。

とくに小西康陽の話がよかった。
「お馴染みすぎて誰もなんとも思わないものが突然、違う意味を持つっていうのは、やっぱりカッコイイと思ったんですよね」
「ダサいものの価値がある日逆転するというのがダイナミックでいいよなって、いつも思っていたんです」

ぼくにとっての俳句もこういうようなもので、感性としてはまったく地続きの状態で俳句をつくったり読んだりしている。だから、たとえば「写生」と言うと、「なにそんな古くさいこと言ってんの」みたいな顔をされることがあるけれど、そういうとき、俳句史的な文脈で捉えられているんだなと、思う。俳句史的にみれば古くさいんだろうけど、そういう目で見てないのだ。90年代に、古いラテン音楽やジャズが、新しい聴き方をされたように、「写生」がある。自分のいま生きている気分、時代の空気を反映できるものとして、新たに「写生」が立ち上がってきたと言ってもいい。だから、「写生の時代は終わった」とか大げさに今更言われても、困る。もともとそこに立っていないから、もともとすでに終わったところから始めているのだから。べつにぼくは写生至上主義ではないし、写生という「モノ」のリアリティより、そこから立ち上がる「コト」のアクチュアリティの方に興味があるのだけど、この本を読みながら、ふと自分を省みて思った。いまの気分は、なんか削ぎ落としたい気分。「詩」もうざい。いらない。ほんとうに小さな、稀薄な、粒子のような気分が残ればいい。現実という具体のみが持つ、未だ言語化されない意味や、そこから生じる気分が。

 水足して電気ポットや春の宵   榮 猿丸


2010年2月18日木曜日

ordinary man

バカボンのパパは41歳だという。ぼくと同じ年齢だ。ということは、40歳のときは、「マカロニほうれん荘」のきんどーさんと同じ年齢だったことになる。子どものときから親しんでいたキャラクターと自分が同じ年齢になったということに、ああそうかと思う。40を過ぎると、さすがにこういうことに一喜一憂したりするのは恥ずかしい。自然に受け入れる。諦念とも言う。

好きなミュージシャンや俳優などが死んだ年齢を越えたりすると、ちょっと考えたりする。ジョン・レノンは40歳、松田優作は39歳か。正岡子規は……さすがに時代が遠すぎてリアリティはないが、それでもやはり感じ入るものがある。

ドアーズのジム・モリソン、ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、そしてニルヴァーナのカート・コバーンが死んだのはみな27歳だった。ロック・ファンにとっては、27歳は意識してしまう年齢だ。しかしこういうことを考え込んでしまうと、精神的によろしくない。ここから派生して、ああ、彼らはこの短い人生であんな偉業を成し遂げたのか、それにひきかえ俺は……という不毛地帯から出られなくなったりするからだ。バカボンのパパと同い年だからといって、べつに悩んだりはしない。あたりまえか。

ロックは若者の音楽なので、若者でなくなると、もやもやしたり、思い詰めたりせずに聴けるようになる。最近はドアーズをよく聴いている。

ドアーズというバンド名は、オルダス・ハクスリーの『知覚の扉』から取られている。幻覚剤メスカリンを自ら服用し、知覚の変容がもたらす意識の拡張体験を考察した本だ。後のサイケデリックやニューエイジ・ムーヴメントに多大な影響を与えた。この本のタイトルは、ウィリアム・ブレイクの詩の一節が元となっている。

 知覚の扉が浄化されるならば
 全ての物はありのままに現れ
 無限に見える

また、ブレイクの詩といえば、「一粒の砂に世界を、一輪の野の花に天国を見、君の掌のうちに無限を、一瞬のうちに永遠を握る」というフレーズも有名だ。こうした一節に、俳句を始めた頃は感じ入ったものだった。これは俳句の世界を言い表した言葉ではないか、と。

しかし、今はちょっと違うように思っている。一部分、一断片が全体を表す、内包するというのはホログラムだが、たしかに俳句はホログラム的性格をもった詩だ。しかし、そこに俳句の価値があるわけではない。そこを拡大解釈するのは危険だ。「小宇宙」とか「宇宙的感覚」とか「広大な時空」とか、やたら大きく大きく言おうとする俳句の批評や鑑賞を僕は素直に受け入れられない。そんなものは嘘っぱちだ、とさえ思う。たんなる文学コンプレックスの裏返しに見えてしまう。そんなものを俳句に持ち込まんでいいのではないか。

断片は断片のまま、すばらしいのだ。俳句を等身大に読んであげたい、と思う。

ドアーズの初期の歌はまさにブレイクの詩のように透き通っている。それがだんだん曇っていく。ドアーズは初期がいいと言う人が多い。ぼくもそう思っていたのだけど、最近は、後期の、ふつうのバンドとなってポップ・ソングやブルースを歌うジム・モリソンが、好きだ。ジョン・レノンがそうだったように、彼もふつうの男に戻りたかったんじゃないだろうか。ロック・スターのまま、伝説の男となって、彼は死んでしまった。

 くちびるに湯豆腐触れぬ吹きをれば   榮 猿丸


2010年2月2日火曜日

ヴィレッジ・ハイク・プリザヴェイション・ソサエティ

『俳句界』2月号に師匠の句が掲載されているので、買おうと思ったんだが、ダサい表紙をみると買う気が失せる。いちおう言っとかないとな。買うよ俺は。

 俳句総合誌(に限ったことではないが、わかりやすいので)の頁をめくっていると、いったい今はいつなんだろう、ここはどこなんだろう、とわからなくなることがある。ある人にとっては、つまり「俳句村」の中で自足している俳人にとっては、そこは楽園なのかもしれないが、ぼくには息苦しくて仕方がない。モチーフやスタイルは関係ない。現代的なモチーフを詠んでいても、それがかえって古くささを強調し、読んでいて痛々しくなる。「現代的」と評された俳句を読んでみたら、世間的には「ダサい」ものであることも多々ある。黛まどかの「旅終へてよりB面の夏休み」が発表されたのは九十年代初頭だったと記憶しているが、この句を俳句を始める前に知っていたら、ぼくは一生俳句に近づくことはなかったろう。七十年代後期から八十年代初頭に流行ったシティ・ポップスのセンスをそのまま俳句に持ち込み、それがギャグではなく本気で詠まれ、しかも評価されているような俳句界に、いったいどんな若者が興味を持つというのか。こういう首をかしげたくなるような評価はもちろん現在でも続いているのだろうが、あまり若者を信用しないほうがいい。俳壇には若者は珍しいからこういうことが起こりやすいのだろうが、同世代の視点でみると、恥ずかしくなるような「現代性」はたくさんあるのだ。年齢とか世代とか関係ない。あたりまえの話。あーまた俺ってなんにも言ってねえ。

ぼくらは俳句村保存会、神よ、季語を、日常を、風土を護り給え

列車の扉【と】に凭るる汝【なれ】や雪に照る   榮 猿丸